ユタの肖像

そのままの姿勢で朝を迎えた。まるで真正の恋人同士の彫像のように。田島孝介から阿修羅像の絵葉書が届いたのは、それから三か月も経った、新学期が始まったばかりの頃である。

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勢津子と美穂は否定したが、あの日の結末を約束した上で三人に合わせて由布を誘ったのではないかという疑問に、あなたは苦しんでいた。

その上に彼女たちによって生々しく知ることになった男を受け容れる女の肉体の反応への嫌悪感が、いっそうあなたを彼女たちから遠ざけ、女であるあなた自身をも拒絶する。

なおその上に彼ら画家たち三人が、その後もあの日の悪夢の最終章に収まりきらない重い高遠な余韻をあなたに留めていることに、あなたはどうしようもなく引き裂かれている。

そこへ届いた田島の絵葉書である。あなたは破り捨てようとした。けれども破り捨てることが出来なかった。結局は何もせずあなたを抱きしめたまま石のように固まってしまった彼だけを、その腕の力と胸の温もりとともに、あなたは許していたのかも知れない。

―人は特に耐え難い哀しみの故にふとした間違いを起こすことがある。間違った行為。明らかに悪魔の領分だが、間違いを起こさなかった人を、神は人として認めるだろうか。

というわけで、僕の間違いをすみやかに開陳して貴女に謝りたいと思います。そして或るふとした悲しみの証としましょう。せめて貴女の甲状腺の辺りに怒りと快感の混然たるアルカイックな象形文字が消えてしまわぬうちに、九月十日。五時。ユタで待っています。

モンドリアンカットを着た貴女を見てみたい。型紙、描いておきます。簡単です―。あの一日の、いきなり雲の上の天空へあなたを招待すると見えた奥深く輝かしいデモーニッシュな言葉たちは、すでに警戒すべき気障な匂いに変わっている。

無論、あなたは行かなかった。モンドリアンカットの服も作らなかった。そして暫く間を置いては次々と送られてくる田島の葉書や手紙を、あなたはしかし冷笑を込めて密かに楽しんだ。

時々、あなたの躰が鮮やかに覚えている彼の力に満ちた腕や胸の熱さが、その冷笑を穏やかに甘やかな微笑に変えることがあったとしても。