運転席に座るとバッグから化粧ポーチを取り出し、ルームミラーを見ながら素っぴんの顔に口紅だけを薄く引いた。ルームミラーには寝不足の腫れぼったい目も映っているがアイラインまで引く気にはなれない。

少し雨に濡れた髪を拭き押さえたタオルを後部座席に置くとイグニッションキーを回した。

「やっぱり、こんな雨では観光客もこの辺まで足を延ばすことはないわね。買い物に出掛けるのは正解かも」

止むことの無い雨の降る空を見上げ、そう思いながら美紀は鵜方のショッピングセンターに車を走らせた。少し軋んだ音のするワイパーを気にしながらフロントガラスから眺める景色は空も海も鉛色にくすんでいた。

降り続く雨はショッピングセンターの駐車場のあちこちに小さな水溜りを作っていた。美紀は車に置きっぱなしの赤い傘を引っ張り出すと足元を気にしながらショッピングセンターの中に入った。

店の中は、雨の日で行く所が無いのか連れて来られた小さな子供たちが走り回り雑然としていて騒がしかった。それでも美紀は一階と二階をこまめに見て回り、漁火で使う細々した雑貨と普段着のTシャツや下着などを買い揃えた。

気がつくとそこで二時間半あまりを費やしていた。

「確かに買い物って気晴らしになるわね。時間の経つのも忘れちゃうんだから」

そんなことを思いながらパンパンに膨らんだ買い物袋を右手に提げ、左手に傘とバッグを持ってショッピングセンターの出口に向かった。外はまだ雨が降り続いていた。

「いい加減に止んでくれないかしら。せっかく晴れた気分がまた滅入りそう」

そんな独り言が思わず口を吐いて出た。美紀は買い物袋が傘からはみ出て雨に濡れるのを気にしながら駐車場に停めた車のトランクに積み込んだ。

遅がけの朝食でそれほど腹は空いてはいないが久しぶりに鵜方まで出て来たのだから何か美味しい物でも食べて帰ろうと思った。

漁火で摂る昼食は、朝食と同じように暇なときに多めに作って冷凍庫に保存した料理をレンジで温め直したものがほとんどで、雨で気分が腐る中、家に帰って一人でそんな食事を摂る気にもならなかったのだ。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。
※本記事は、2020年11月刊行の書籍『浜椿の咲く町』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。