「様子を見ましょう」は見ないことと同じ

筑波四つ葉の会を結成するなどいろいろと活動はしているのですが、まだまだ発達障がいに関する知識が浸透していないと感じさせる出来事があります。

それは、私の外来へたどり着いた多くの親御さんが保健師や医師、教師といった人たちから「様子を見ましょう」と言われて、何もされないままの状態で訪れているということです。

転勤して引っ越してきた親御さんがよく嘆いています。

「どこに相談したらいいのかわからないんですよ」

聞くと、療育をしたいがどこも満員で断られてしまうというのです。いつの間にか発達障がいを抱えている多くのお子さんが、「療育難民」と化しているのです。

療育に恵まれた地域から引っ越してきた親御さんは、同じ日本の中でこんなに差があるのかと愕然(がくぜん)としていることがよくあります。

また、スウェーデンから帰国した親は、教育の仕方の差に驚きを隠せませんでした。各国各都道府県での教育・福祉予算の違いと専門医の数の差も影響していると思われます。

市役所へ問い合わせても、課同士の横のつながりがうまくできていない市町村では、具体的な案内もできないのです。

小さな村では、4つのスクラムが一致団結して子育て支援に力を注ぐことも可能ですが、老人医療に予算をつぎ込みすぎたため、お子さんへの療育を犠牲にして中止してしまった町もあります。

療育をする場すら失われている町がある時代なのです。老人福祉に予算は組まれても、児童福祉に組まれる予算は少ないのが現状です。

もっと未来を担う子どもたちに、国や県は先行投資すべきではないでしょうか。

そして国民や県民ももっと声を発するべきなのです。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『新訂版 発達障がいに困っている人びと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。