なまこ山には、おやつがいっぱい

貧しい我が家には、当然おやつなどありません。がしかし、デブで食いしん坊の私は、毎日しっかり山の幸をおやつとして、たくさん頂いていたのです。

それは通学路の真ん中付近にある、当時アベックのデートスポットとしても、人気を博していた「なまこ山」がおやつの宝庫。字のごとく、形が「なまこ」そのもの(富良野の町を一望、また、七〇メートル級のスキージャンプ台もありましたが、残念ながら自殺の名所となり、現在は撤去されてありません)。

のどが渇いたときの湧水、あまーい山ブドウ、特に崖地に生っているブドウがグー、ただ落ちたら死? これ本当なんだって、だから命をかけていました(安っぽい命でしょーははは)、野イチゴ(イチゴの元祖)、コクワの実(日本では全国的に自生しているサルナシのこと)ベビーキウイフルーツとも呼ばれている。木に巻きついた蔓に生っていて、私はその蔓をハンモック代わりに寝ながらもぐもぐ、時には何もかも忘れそのまま昼寝、落ちそうになったこと何度か、いやーおいしい、そして楽しい楽しい思い出です(ちなみに今年の夏は同窓会が予定されており出席の予定、是非、約五〇年ぶりにいろいろ探しに、一人なまこ山へ行きたいと思っています。楽しみが増えました)。

冬の帰り道では、道路脇の土手でランドセルに跨りそり遊び、ジャンプなんかやっちゃたりして、そんな使い方をするわけだから、ランドセルだって悲鳴を上げるわけ、ほつれたら自分で修理、それを何度も繰り返し、でも最後までしっかり六年間使いました。んーえらい! ぞっと。

そんな私に、よく付き合ってくれたのがしんちゃん(しんいち君)二歳くらい年上だったと記憶していますが、私とは逆でおぼっちゃま風の頭良し、特に将棋が得意、でもちょっと運動音痴? 

しんちゃんとの遊びはいつもキャッチボール、自分がピッチャーでしんちゃんがキャッチャー、私のことをよく褒めてくれたので調子に乗り、仲間(子分)を集めては、隣村のくそがきどもと、河川敷で試合をしたものでした。野球に飽きたら水遊び、それも飽きたら柳の流木を探し火をつけて、恰好つけのまき煙草(とにかく苦く辛い)、極めつけはお腹がすけば、近くの畑で頂いた(じゃがいも、とうきび、りんご、すいか、イチゴ)、何でもござれと腹いっぱい、一日中家に帰らずとも遊び呆けたものでした(ちなみに頂くとは、かっぱらい=泥棒のこと)。調子に乗ってそのようなことを中学でも続けていたら、先生にチクられ、私はその代表として、先生の心と力のこもった往復びんたをいただきました。

くそがき小僧の私でしたが、時代の変化を感じたこと、そして、今だから言えることは、先生に話を持ちかけてくれた方に対する、先生の対応ですが、教育者である先生としては、遣る方ない万感の思いを胸にしまいこんでいただいたことと、今になって理解できる気がするのですが「もう爺・時すでに遅し」。過去は変えられないのですが、でも、未来は変えられるので頑張りましょうくそがき小僧さん。

【知ったかぶり】

あれも一理、これも一理「泥棒にも三分の理」、と申しますが、要するに理論は平行線であって、どこまで行っても同じです。

腹に一物ある理論・理屈は、いくらでも付けることができるため、「枝葉末節」でなく、根本にかえることが重要で、それによって答えは見えてくると言います。

私の子供の頃に犯したこととはいえ、時々思い出しては心の中で手を合わせ謝罪しているのです。

私の人生は謝罪が多い、きっとたくさんの方に、ご迷惑をおかけしたことと思います。

申し訳ありませんでした。