あれ? ちょっと待てよ。何かが違うな? と振り返るも、時すでに遅し。愛する妻の日程表にすっかり組み込まれ、朝のゴミ出しから、買い物の運転、お風呂掃除、はたまた洗濯物のベランダ干しと、チーム幸子のレギュラーへいつしか組み込まれていった。

ムムム……。これはまずいぞ。

裕也は羅針盤を元に戻すべく、作戦会議を開いた。普通会議と言えば数人で開くものだが、当然定年退職しているため会議を開こうにも相手がいない。まさか妻を参加させるわけにもいかず、自分の中に眠る架空の人物たちと議論を重ねる事とした。

一人目は、あきらめを美徳とし、チーム幸子のレギュラーで平々凡々と人生を過ごし、人様と争うこともなく、愛する妻に従うのが良いではないかとうそぶき、無駄なことをするなとささやく、あきらめ虫が宿る本来の人格の裕也。

もう一人は、もう一度オスのフェロモンでメス、いや妻を従えさせる為に企業戦士となろうと意気込む、第二の人格者武史。

いやいや、三十八年間頑張って来たんだから、妻も子供も捨てて、第二の人生を楽しむべきだ。俺の魅力に群がって来る女どもを女衒ぜげんのごとく従えて生きるんだと、冷ややかに時空を超越する第三の人格者、幸雄。

サラリーマン時代、単身赴任生活が長かった裕也にとっては、単身期間中は糸のついていない凧のように自由な生活と時間を楽しんでいたが、年を重ねるとそれなりに一抹の寂しさを感じる時もあった。

だからなおさら、家族の元に戻った時は安堵感と懐かしい家庭への期待感があった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『60歳からの青春グラフィティ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。