春の出会い(邪気:100 代謝:80 正気:80)

僕のアパートから二分ほど歩いた大通り沿いに中規模の本屋がある。夜十時と遅くまで開けてくれているので、本好き本屋好きには大助かりだ。

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学生街にあるためか、漫画や雑誌(いわゆる大人のものも含む)が多いが、新書や文芸書の品ぞろえも充実しており、店を見つけた当初から二、三日に一度は来ていた。

いつも夕食後に来るんだけれど、そんな時間にもかかわらず賑わっている。ネット全盛期でも紙の本好きはいるのだ。

今日も近くの格安ボリュームたっぷりの中華料理屋で、回鍋肉定食大盛り+餃子という強力にご飯が進むメニューを平らげた後、何かめぼしいものはないかと物色しに来た。

本屋というのは不思議なところで、何度も来ていると、なんとなくだけど置いてある本を覚えてしまう、気がする。それでもなぜか来たくなるのは、本のインクの匂いに惹かれてしまうからだろうか。店に入った直後に感じるあの匂いは結構好きだ。

いつものように入り口付近の新刊本のコーナーから文芸書の方に移る。とりたてて気になるタイトルの本は見つからない。とはいえ、普段から科学新書的な本はよく手にするけれど、『ぶんがく』は素通りすることが多いのだ。

それでもいつもの流れで平積みされている本を眺めながら奥へと進む。

「あれ?」

同じ通路で本を手にしている、ジーンズに白のスニーカー、細い足の女の人が僕の頭の上で疑問の声を上げた。ふと斜め上を見上げる。

「沢波くんよね」

「え……木下さん?」

目が合うと、二人して口元がにーっと持ち上がる。高校のときに同じクラスだったことがある木下和(きのしたなごみ)。

京史大学の経済学部に来ていることは知っていたが、高校時代にはあまり話をしたことがない。もっともクラスのすべての女子とほとんど会話した記憶もないんだけれど。