ヒーローは孤独だ。だから皆を救える。ヒーローは皆から愛される。ヒーローは誰のものでもない。皆のヒーローなのである。

ヒーローは寂しい。しかし皆を救うことがヒーローに与えられた使命。夜。太陽はどんなに寂しいだろうか。誰の目にも留まらず、自分の存在はどこにもない。夜、太陽は一人ぼっち。しかし太陽が生命に恩恵を与える朝は必ず訪れる。

その時太陽はヒーローだ。砂漠では太陽は憎まれる。雨こそが砂漠にとっての恩恵である。あの太陽でさえ、いつでもどこでもヒーローなわけではない。ましてや、こんなにちっぽけな人間一人がいつでもどこでも皆から愛されるわけがない。

そう思えば気楽じゃないか。愛される時、感謝される時、求められる時もあれば、当然憎まれる時もある。しかし、トータルで考えれば自分の存在というものは幸せなのだ。愛される時、感謝される時、求められる時があるのだから。

オリンピック選手はオリンピックという舞台で金メダルを獲得すること以外は、孤独との闘いだ。しかし、金メダルを獲得することを期待して、多くの人々からエールをもらう。

オリンピックで金メダルを獲得するかどうかわからない選手にインタビューをするとする。

「貴方は幸せですか?」

「応援してくれるファンがいて幸せです。ファンの期待に応えられるように頑張ります」

オリンピック選手じゃなくたって、ただの一般市民だって同じではないだろうか。主婦だって、サラリーマンだって、おじさんもおばさんも、大人から子供まで、自分で自分のことをヒーローだと決めればヒーローなのだ。

「人間誰もが芸能人」

数年前、皆の前で私はそういうプレゼンをしたことがある。自分は自分のプロデューサーであり、自分のセールスマン。社会に出れば、誰もが自分は商品だ。

明日も自分の名前を売る。そのためにいい仕事をして行こうではないか。

そのためにも明日に向けたいい準備ができますように。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『破壊から再生へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。