ある個人主義者の死

Sは金之助の知らないうちに静との結婚の話を進めようと機会をうかがっていた。しかしいくら待っても金之助がいなくて、奥さんがいる機会が来ないので仮病を使い学校を休んだ。そして奥さんに静を自分にくれるように頼んだ。

そしてSは静と結婚することになった。その話が金之助に知られた後、金之助は個人主義者が個人主義の女性と結婚するという論理が間違っていることに気づいた。

次の日、静が金之助を殺そうとした。彼女はSのことが好きだったので、彼が良心の呵責にさいなまれて、結婚の話をなしにすることが怖かったからである。

金之助は

「僕はSのこころだ。Sが君の毒に侵されても僕までは侵されない」

と言って彼は殺された。静は、金之助の遺言に似せて書いたものをそばに置いた。遺言書の内容はSを非難することに関しては全く触れてなかった。

それからしばらくして、Sに新しい友人ができた。友人の名は龍之介と言って、Sと同じ大学の後輩である。Sが龍之介の書いた小説をたまたま読んで絶賛したのがきっかけだった。

龍之介はSと交流をしていくうちに彼を尊敬するようになっていき、よく彼が下宿している家に出入りするようになった。Sは金之助が死んでから元気がなく、それを龍之介は心配していた。

ある日、彼がSの下宿している家に来た時、Sはいなかった。静に聞いてみると、彼は金之助の墓参りに行っているという。龍之介はSが帰ってくるのを待つことにして、その間に静とSの話をした。

「なぜSさんは元気がないのでしょうか」

と訊いた。

「わかりません」

「いつから元気がなかったのですか?」

「金之助さんが死んだ後からだんだん暗くなっていきました」

「Sさんはいつも私に恋というものは罪ですよ、というのですが、何か心当たりはありませんか?」

「ありません」

外はすっかり夜になっていた。

「月がきれいですね」

と、龍之介は言った。静は「ええ」そのときSが帰ってきた。Sは

「ちょっと君だけに話したいことがあるからこっちに来てくれ」

と言ってSと龍之介が二人だけになるとSは