ママはそう挨拶すると、店の奥のソファー席に案内した。禅は賢一に促されてソファーに座った。そして賢一も隣に座った。禅は、店の豪華さに落ち着かなかった。

「いらっしゃいませ」

ボーイがおしぼりを渡しながら、飲み物を聞いてきた。賢一は手を拭きながら、ボーイを見た。

「ボトル、有る?」

「ございます」

「それを水割りで」

「かしこまりました」

ボーイは挨拶をすると、カウンターへ向かった。ボーイが渡してきたおしぼりで手を拭きながら、禅は賢一に尋ねた。

「よく来るのか?」

「まさか、俺の安月給じゃ来られないよ」

「そうなのか?」

ママやボーイの接し方、それにボトルも置いている。常連に見えたのだが? 禅がそう不思議に思っていると、賢一が小声で言った。

「実はここ、上司のお気に入りの店なんだ。それで何回か連れてきてもらった事があるんだよ。上司が変な所で飲むなら、ここで飲めって、ボトルを入れてくれているんだ。最近、警察官の不祥事が多いだろ? ここは会員制だから変な客は来ない」

「そう言う事か」

禅は納得した。将来ある有能なキャリアを、不祥事で失いたくないという、警察組織の思惑がうかがえた。

ボーイが、今では手に入りにくい、国産ウイスキーのビンテージボトルを運んできた。そして、水割りを二つ作り終えた頃、ママが店の奥のカーテンの中から、一人の若い女性を連れて来た。

「紹介します。シェリールちゃんよ」

そう紹介されたシェリールは笑顔を見せた。

「初めまして、シェリールです。宜しくお願いします」

ママは禅と賢一の間にシェリールを座らせた。シェリールは背が高くスレンダーで清純そうに見えた。髪の毛はブラウンで肩より長く、顔は小顔で、白人のような美人だった。席まで歩いて来た時の真面目な顔は、ドキッとするほど美しかった。

しかし、横に座り笑った時の笑顔は、心の底から癒されるほど可愛かった。今まで、ソコソコの美しい女性と付き合ってきた禅だが、彼女を見た時、今までの過去の女性たちを、全て忘れてしまうような衝撃を受けた。

恐らく彼女は、禅の理想のタイプだったのだろう。

禅は数秒間で、人生で初めて一目ぼれをした。そしてそれは、今までしてきた恋愛が、恋愛ではない事に気づいた瞬間だった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。