次の日、深夜突然、

「うわー」

とけたたましいほどの声がして、ビクンとなるような驚きで目が覚めた。

「大丈夫か小野塚くん、大丈夫か。殆ど寝ていなかったからなあ」

と言いながら長兄は隣の部屋に彼を連れて行った。

後で分かったことだがその部屋とはシャワーのついている小さなトイレだった。病室が個室とはいえ狭かったため、誰かがその場所を使っていたのだ。夜は小野塚が続けて面倒を見てくれており、日中は部屋の隅かシャワー付きのトイレで過ごしていた。

清美と白井は部屋の掃除をしたり、食事の世話や兄たちにお茶を入れてくれたり、ベッドの両側で話しかけて笑顔をくれたり、彼女たちなりの細々とした気遣いが感じられ熱や息苦しさの中でホッとするものを与えてもらった。ときには外に出て自分たちの食べ物の他に、春の花を買ってきて「綺麗でしょう」と見せてくれた。

目覚めると、窓越しの外の景色が変わっていた。ここ何日より木々や遠くの山がくっきり見える。呼吸も幾分楽になっている。安堵した父の表情と、暗いトンネルをくぐり抜けることができたという思いが緩やかに重なっていた。すっきりとした別の朝のようだった。

婦長さんも「よく頑張ったわねー」と言葉をかけてくれた。そのふくよかな笑顔がいっそう優しく見えた。

あれほど苦しかったのにどうして、亡くなった母さんが守ってくれたんだろうか。

父と兄二人それに白井と清美が帰った次の日、小野塚が帰ろうとしていた。

「あんちゃん、実は俺……小野塚に金を借りているんだ」

「いくらだ」

「二万円、車で事故を起こしたとき足りなくて」

「いやー、小野塚くんすまなかったね」

と言いながら財布を取り出した。

「兄さん、兄さんいつでもいいから、今はいいから」

慌てて長兄の手を止めた。

「いやいや、そうはいかない。このままになっては駄目だから」

「いやほんとに兄さん、今でなくとも」

どうしても受け取る気配は感じられなかった。

「小野塚、俺必ず返すから。それまで待っててくれ」

返せないかもしれないと思い長兄に頼んだ言葉だったが、咄嗟に自分で返したいと本気で思った。

「おーいいよ。待ってるから」

「うん、ありがとう。気を付けてな」

「じゃあ、またな」

と疲れた顔とともに去っていった。気のせいか頬が少しこけたように感じられた。

彼が帰った後、そのことについて長兄は何も話さなかった。