そして…

あの曲が出てきた。

初めて聴いたとき、歌詞と曲がピッタリすぎて、きっとこれは曲と詩が同時に出来たんだろうなと思っていたのに、歌詞が他の人であったことにまず驚いた。

映画では、その曲が生まれた朝のシーンを再現していて、エルトンがピアノのコードを弾き、口ずさみながら、少しずつあの名曲の形になっていくのが、すごくわくわくして、なんとも言えない気持ちになった。

そうだよな。この曲は、このキラキラは、朝なんだ。寝起きでズボンもちゃんと穿いてない状態で生まれたとは!

そっと隣を向くと、眼鏡をかけたサワが、微笑みながら声に出さず「うんうん」とたしかに頷いた。

この曲だ。

『ユア・ソング』

エルトンはゲイなので男同士で絡むシーンがあったり、色々ヤバいところもあったが、とにかく音楽が、素晴らしかった。

「よかったな」

「よかったね。内容はちょっとわかんないとこもあったけど、とにかく曲が」

「うん、よかった。どのへんわかんなかった?」

「ゲイなのに、女の人と結婚もしてたのかー、とか、理解が追いつかなくて」

「うん、難しいな。でも、人として好きって、あるんじゃないかな」

「恋愛感情抜きで?」

「抜きじゃないけど、一緒くたにして、離れ難いというか、名前のつけられない関係」

「ソウルメイトみたいな?」

「そう。そんな感じ。結婚って、すっごい勇気いるよな」

「そんなに、深くみんな考えないんじゃない?」

「考えたら、出来ないか」

「きっと、そう。勢いがないとね」

「ユア・ソング、やっぱいい曲だな」

「うん。パンフ見たら、作詞のバーニーさんが、18歳の時に書いた歌だって」

「すげぇな、俺らと変わんない歳に」

「二人が出会わなかったら、生まれなかった名曲だね」

ひとりでしみじみ余韻にひたるのもいいけど、誰かとみた映画を、気持ちを分かち合えるのっていいな。俺がグーグー寝ちゃって、あの子は淋しかったろうな。好きな映画なら、尚更だ。

「どうしたの?」

「なんでもない。今日、来てくれてありがとう」

「ううん、誘ってくれて、ありがとね。観てよかった」

「ホントに? また誘ってもいい?」

「もちろん!」

屈託なく、笑う。笑うと、頬にえくぼができてかわいい。

アー、ヤバい。なんだ、この気持ち。

「ヤりたいです!」事件以来、なるべく考えないようにしていた。

ボーイッシュでシャイだけど、とてもかわいい子だから、なにかヨコシマな気持ちを持って近づいたと警戒されるのがイヤだったんだ。

だけどいつも、目が合うと笑ってくれる。

俺の話を、茶化したり否定したりせず、ちゃんと聞いてくれて、いつ会っても素直で気さく、時たま遭遇する、女子特有の謎の不機嫌さが、ない。

必要以上に構ったり、察したりしなくても、ちゃんと自分の世界を持っていて、それを大事にしている。

おとなしいけど、曲のアレンジなど主張すべき時はしっかり意見を出し、押しの強い雄大にも負けてない。説明にも説得力があって、「だからこう、ここはグワーンと、、」擬音ばっかになりがちな俺らと違って、感じたフィーリングをちゃんと言葉にできる。

映画館で一瞬手を繋いだときに触った手のひらは、小さく柔らかい表側と違って、豆、だろうか、硬かった。吹奏楽部で大会が近くて練習が立て込んだとき、豆ができたことはあったけど、あんなに硬く、でこぼこになったことない。

一回合わせると、次は必ず完コピしてくる。一体いつ練習してんだ。あんなに上手いのに。

なんかこう、いい子なんだよな。誰に対しても態度が変わらず、気分が一定してて、フラットだ。

最初は、バンドメイトとしてしかみていなかったけど、一緒に過ごすうちに、居心地がよくて、もっと話したくて、いつのまにか…。

でももし、俺が告って、うまくいかなかったり、うまくいったとしてもダメになったりしたら、たった3人編成だ、バンドも間違いなく、ポシャる。

早まるな、俺。今すぐどうこうしようとするな。あんまり一緒にいて楽しいから舞い上がってるだけだ、きっと。

落ち着け、落ち着け…。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『人間関係貧乏性』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。