母親は畜生腹呼ばれると先述したが何故そう呼ばれるのか。

これは【人間は一人が一人を生むのが当然の理であり、二人三人と産むのは畜生と同じ】という迷信があったからなのである。

多産イコール畜生、という考えが当時は色濃く根付いたためだ。

まったくなんという考え方なのか。

これは上流階級や農村に多い考え方だったようだ。

俗信や迷信は多くの様々な人に信じられていてそれがたくさんの人間たちの人生を狂わせてきたことだけは間違いないようである。

私は複雑な気持ちになりながらも次のページを捲った。

* *

「この親不孝者!」

「やめてください!」

「黙れ! こいつは双子を産んだんだぞ! あんなにいい縁談だったのに離縁させられよって……」

「弓も望んで産んだわけじゃないんですから! もうやめてください!」

とある農村の大地主の娘にお弓という、若く美しい娘がいた。

お弓は気立ても良く、よく気がつくのでとても評判が良かった。

そのお弓が十七の頃、米問屋の若旦那が見初め、是非自分の嫁にと縁談を持ちかけた。

お弓の家では米を作っているし、縁者になって取引きをしやすくしようという腹もあり、とんとん拍子にまとまった。

その一ヶ月後には式を挙げて米問屋である〝近江屋〟の若女将になったのだ。

それから一年後。

待望の懐妊、そして出産。

跡取りを産んで幸せな家庭を築こうと夢を見ていた矢先の出来事だった。

産まれてきたのは双子、それも男女の双子だった。

男女の双子は情死した者たちの生まれ変わりだという言い伝えがある。

ちょうど三十年前、近江屋と懇意にしていた近坂屋という商家の下男と太夫が心中した。

近江屋の主人は、「もしや……」と良くない想像をしていたのだ。

近江屋の大旦那と女将は弓が嫁いで来た頃とは打って変わった態度で罵詈雑言を浴びせ、散々罵って家から追い出した。

夫である若旦那はたいそう哀しがったがどうしようもできないことだった。

弓が実家に帰った後、男児は藤吉と名をつけられ、里子に出された。

女児の方は美代と名づけられ、この米問屋・近江屋の跡取り娘として家に残された。

それが今から十六年前のことである。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『水蜜桃の花雫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。