とはいえ、資本に使われ労働するという構造に変わりはなく、利潤を求める資本は、自分にとって、より都合のよい人材を得ようとします。どんな人材でしょうか。過酷な労働にも文句を言わず、昔なら労働の再生産(明日も働ける)のためにお給料をもらう、現在ならば個人的な消費に満足する人間です。

もちろん労働能力はある程度必要です。企業という利潤追求体のひとつのパーツになることができ、個人的な消費に楽しみを見出す人間です。これらはコインの裏表、いまやセットです。産業社会が求める人材は、決して私のように、働くことが自分のしっぽを食べているようなものだなとゴタクを並べるような人間ではありません。

その上にもうひとつ、低成長、不景気なものですから、企業は働く人間の数をできるだけ少なく、安く抑えたいと思っています。派遣などの非正規労働者の増加もその一端です。そのため正規雇用者は、多くのことを求められます。ひとつの作業だけしていればよいということではありません。臨機応変に何でもできる、特に、非正規労働者に働いてもらうにしても何にしても、調整業務、管理業務を担わなければならなくなります。労働自体が、人間関係的により複雑になる傾向があります。

障害者の相談でも、事務職の希望は多いです。また、障害者求人も事務職は多いです。ちょうどよさそうに見えますが、特に精神障害のある人はデータ入力など業務内容の決まっている仕事を希望しますが、いまや、データ入力だけの仕事はアルバイトやパート、就労継続支援事業所A型やB型に発注することも多く、単一の事務作業の求人は少なくなりつつあります。事務と言っても、メインの事務をこなしつつ電話を取り書類を作成し雑用をこなす、などが求められます。電話応対だけで不安を感じる人も多く、なかなかマッチングは難しいです。

ましてや「よい会社」となると、チームで協調し、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を大事にしながら働かなければなりません。ひとつの案件を仕上げるのに、会議、資料作成、プレゼン、書類作成、スケジュール管理、他部署、クライアントとの連絡調整などなど、多くの要素が含まれます。何と大変なことでしょう。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『“発達障害かもしれない人”とともに働くこと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。