彼女に恋はしない

本当は作品を転売されたのだって犯人に絶対的な心当たりがあって、殴りに行きたいはずなのに、僕は僕をだます一枚上手な感情を作り上げていた。だから、健ちゃんに何も言えなかった。僕が値段を決めるって言い返せなかった。

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「完成したら連絡したいから電話番号交換してもらっていいかな?」

出てきた言葉は、自分で自分の作品の価値を決めず、健ちゃんを肯定してしまう言葉だった。僕と城間さんは携帯番号を交換すると、照れくさそうに城間さんは

「よろしくお願いします」

と言って目の前から去っていった。椅子に座りなおしてサンドウィッチを食べると今度はちゃんとツナの味がした。

「優」

「ん?」

「多分城間さんに恋しても無駄だぞ」

「どうしてさ」

「彼女はペアデザインのブローチをお前に注文したんだぞ? 世界に一つだけのペアアクセサリーだぞ? 彼氏とつけたいんだよ」

そうか。そういうことまで考えてなかった。もう彼女には大切な人がいるのか。

「多分だけどな。でも、ちゃんと作ってやれよ」

「うん」

モチベーションが完全に落ちたわけじゃなかった。でも、家に帰って机の上のクルミ色の四角い木が僕の頭の中を混乱させてきた。

彼女は僕の作品をずっとほしかったと言った。だから今までと同じようなデザインでいいはずなのに、お金をもらう依頼だと思ったら、今までみたいな作風でいいのか迷った。六本ある彫刻刀を何度も持ち替えたけど、最初のひと彫りも出来ない。

人生初の感覚だった、女性をかわいいと認識したのは。

僕は過去の膨大な記憶からモテる女子と、彼氏がいた女子をピックアップして思い出したけど、彼氏がいて当たり前みたいな派手な雰囲気も、恋に恋して一生懸命彼氏をつくった感じの雰囲気も城間さんにはなかった。

城間さんの彼氏ってどんな人だろう。僕の作った物を二人で仲良く身に着けるのだったら、どんなデザインがいいのだろう。いっそ電話で訊いてみようか。