息を潜めていると、また太腿辺りにジリジリと妙な疼痛が走って、やばいと思った。

過敏な神経に、思わずフーッと息を吐き出す。

治療室は不気味なほど静かだった。足下では、医師や看護婦が懸命に治療しているはずなのだが、その様子は窺い知れない。

やがて足下の方で治療器具が片付けられる音がしたかと思うと、足首が急に宙に浮いた。看護婦の温かい手の中で、患部に包帯が巻かれていく。

どうやら手当てが終わったらしい。

薄目がちに目を開くと、白衣姿の、まだ若い男性医師の姿がみえた。医師は無言のまま、治療室を出ていった。

看護婦の手を借りて、ようやくベッドから起き上がる。ドアの向こう側で騒々しい声がしたのは、そのときだった。

「この辺りにマムシがいるのですか?」

若い男の声がする。治療室から出てきた老人を、どうやら待ち構えていたらしい。

「あの人は、どこでマムシに咬まれたのですか?」

「田んぼの中の道だと思う……」

老人は、躊躇わず応える。

「わしが自転車で通りかかった時、ちょうどアスファルト道路にあの人がうずくまっていた」

「アスファルト道路?」

若い男は、驚きの声をあげた。

「マムシは、じめじめした湿地とか草むらにいるとばかり思っていたが……」

「最近こそ見かけなくなったが、田んぼの周りにだっていることはいるんだよ。夜になると、餌をあさりに出てきたりする。とくに秋口のマムシというのは、仔を孕むというから攻撃的で獰猛だといわれている」

町から少し離れたところで、その辺りは昔ながらの田園地帯が広がっていた。田んぼの中を真新しい道路が走っているが、それは最近出来たばかりである。

「それじゃ、身ごもったマムシを踏みつけて咬まれたということですか?」

「はっきり知らんが、多分……」

「この辺りにマムシが潜んでいることはとても危険だ。手当てが遅れれば命取りになりかねない」

張りのある声である。

「田畑が宅地に替えられ、あるいは田畑の中に新しい道路が造られ、そうして次第に都市化が進んでいく。自然が破壊されつつあるのは、ここだけの問題じゃないが、奇怪なことが起こるとすれば、これは何かの警鐘というべきものじゃないのか」

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『青二才の時間の幻影』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。