杉井も訊かれるままに、詳細な説明をした。杉井は話をしながら、人間というものは関心もないのに質問したりしない、それにこれほどいろいろなことを訊くからには一般的な関心を超えるものがあるのではないか、と勝手に考えた。同時に、自分の気持ちが必要以上に高揚しているのを自覚し、それが外に出ないように抑える努力をした。多恵子は終始じっと杉井の目を見ながら話を聞いていた。二時間ほど経つと、

「あら。すっかり長居をしてしまいました。折角の日曜日なのに、これではお休みになりませんね。すみませんでした。明日からの訓練、頑張って下さいね」

と言って立ち上がった。杉井も起立して、

「私も大変に楽しかったです。同じことの繰り返しの毎日で、横内さんに来ていただいたことは、まさに一服の清涼剤のようで有難かったです」

と不必要な前置きつきの礼を言った。多恵子は微笑みながら、いつもの恥ずかしそうな表情で、

「また来ても良いかしら」

と言った。

「もちろんです。お待ちしています」

杉井は、営門まで多恵子を送っていった。多恵子は、別れを言って市電の駅の方へと歩きだした。小柄だが、姿勢も良く、杉井は、角を曲がるまで見送りながら、美しい後ろ姿だと思った。

その後、多恵子は隔週で面会に来た。来ない週は必ず手紙をよこした。面会に来る際には、

「杉井さんは、チェリーの煙草をお喫みだから」

と、チェリーを二十箱持ってきてくれた。酒を飲まない杉井は、家業に入った頃から時折煙草だけは吸っていたが、連隊では戦友に愛煙家が多いこともあって常用していた。特に多恵子が面会に来てくれた時に、面会所で多恵子と談笑しながらの一服は最高の味だった。多恵子との面会を終えて部屋に戻る度に、鈴村が杉井を冷やかした。

「俺や中崎も同じように娘たちと会ったのに、何故あの娘だけ杉井のところに続けて面会に来るんだ。お前、何か変な合図でも送ったんじゃないか」

「馬鹿を言え。あの娘は、偶々こちらに花の稽古に来るから、ついでに寄って来てくれているだけだ」

「ついでにしては頻繁に来るじゃないか。手紙もくれるしなあ。中崎とも話したんだが、どうも俺たちはしゃべり過ぎだ。女の前では杉井のように多少口数を抑えておいた方が効果的のようだ。今回は学習した。これからは、杉井みたいに無欲を装って女と付き合うようにしよう」

「人聞きの悪いことを言うな。俺は何も無欲を装っている訳じゃない。偶々横内さんは、こんな生活をしている連中を見て同情してくれるタイプの人だったということだろう。ところで、鈴村、どこか良い喫茶店を知らないか。いつもあの取調室みたいな面会所では相手にも失礼というものだからな」

「ほらほら。無欲を装っているだけで、腹の中の欲望が頭をもたげてきているじゃないか。まあ、いいだろう。俺も詳しい訳ではないが、栄町の『さかき』がお薦めかな。あそこなら静かだし、雰囲気も落ち着いている。まあ、とにかく頑張れよ。それから、洗濯の時に俺が娘たちに声をかけなければ、今のお前の付き合いはないんだから、せいぜい俺に感謝することだな」

最後の部分は、確かに鈴村の言うとおりだと杉井は思った。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。