目が潤んだ。そして年季明けの日がきた。伊助は十七歳の逞しい青年に成長していた。九右衛門は実家への土産代として一両包んで渡してくれた。結衣はすねているのか、泣きはらしているのか、おさきの説得にもかかわらず部屋から出てこなかった。

伊助は心残りであったが、女中のおさきや吾作に別れを告げて懐かしい家へと戻って行った。しかし、いざ家へ帰ろうと畦の道を歩いているうちにだんだんといじけた気分になってきた。(俺は親に借金の形に売られたんだ。お父っつぁんやおっ母さんにとってはいらない子だったんだ)

と、心が繰り返しつぶやいていた。

(家に着いたらお父っつぁんやおっ母さんに借金の年季が明けたことを言って、その足で家を出よう。江戸へ行こう。九右衛門様は家を興し、己を興せと言っていたが、家は興せなくとも江戸へ行って身を立てよう。そして二度と家には戻るもんか……)

二里の道を歩いて懐かしいハケ下の大野郷の家に着いた。相変わらずのあばら家だった。薄暗い土間を入ると、板の間によれよれの色褪せた留袖を着た初が正座して待っていた。

見違えるように立派に成長した伊助をまじまじと見つめると、

「お帰り、長い間の奉公ご苦労でした」

と、頭を床にこすりつけた。その様に伊助は慌てた。

「よしてくれ、おっ母さん。息子にそんな他人行儀なまねはよしてくれ」

「これはけじめだ。よく帰ってくれたね。恨んでもう家には戻らないかもしれないと思っていたんだ。そうなってもしようがねえと話していたんだ。さあこっちへ上がれ。今日は年季明けのめでたい日だから膳を用意しておいたんだ」

伊助は意表を突かれて胸が熱くなった。奥へ上がった。奥のゴザ敷きの間には、やはりよれよれの紋付と袴を着けた平吉が正座していた。

前に膳が用意してあった。膳には小さいが、お頭つきの鯛がついていた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『ゑにし繋ぐ道 多摩川ハケ下起返物語』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。