一人の若者が夕方になると神社に参拝にやって来ていた。興味本位で来ているのか? それとも深刻なお願いごとを抱えているのか……? 以前は朱色の鳥居だったのであろうが、今は一部が朽ち果て原形をかろうじて保っているだけだ。

【関連記事】「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。

鳥居を背に若者は、今にも崩れかけそうな拝殿に向かい手を合わせている。本来主様を祀る場所には、背丈一メートルほどの石に注し連め縄なわが飾られている。思えば不思議な光景だと思うが……。

神社の背後には暗黒の杜やしろが広がっている。今にも杜からは魔界のものたちがぞわぞわとあふれ出て来てもおかしくない、そんな気が漂っている。次の日の夕方も、若者は参拝に来ていた。そしてその次の日も……。

一か月ほど経ったある日の夕方。いつものように若者が神社に参拝にやって来た。

「そこの人」

若者はその声に反応して声の主を探した。注蓮縄が揺れている。

「そこの人」

又、声が聞こえる。おぼろげだが姿が見える。そこには、一四~五歳の巫女装束を纏った少女が立っていた。

「何を毎日拝んでいる?」

「僕のことですか?」

「そう、あなたです」

「僕は……行方不明の妹を探しています」

「それが願いですか?」

「はい。一生懸命探しても……妹が見つかりません……」

うなだれる若者を横目に、「ふぅ」と巫女は深いため息を吐いた。

「この神社なら、他の神社で叶わない願いを叶えられると聞いて……」

すがる思いで若者は言った。

「あなたは、私の声が聞こえ、姿が視える。すでにこの世のものではないはず」

「え……」

狼狽するが、まだその答えの意味を理解できないでいる。

「妹の名前は?」

「○○△△」

「探してみましょう」

と巫女は祝詞を唱え始めた。巫女の身体からは黄金色の光が発せられた。一時(いっとき)、祝詞を唱えていたが、おもむろに、

「どうやら、この世界にはいないようです……すでに亡くなって、天界にいるか、魔界に取り込まれたかです。いずれにしろ、救わなければならないのはあなたのようです」

「僕ですか?」

「そうです、どちらかを選んでください。私は闇の巫女。魔界とこの世界の境界を守るもの」

遠い昔、あの時私の命と身体は、魔界のものによって完全に奪われてしまった。あの時私を救ってくれたのが、天狐族の姫様。私は人の姿をした魔境の巫女。その時授かったのが天狐族の力と魔界の力。私の全身の赤黒い痣は、魔界の呪い。

満月の夜には、天狐族の力が最強になる。新月の夜には、魔界の力が最強になる。