早く家に着きたいと思う。そしてすぐ自分の部屋に入ってしまいたい。部屋の中は安全地帯だ。部屋では何をしてもいい。好きなことをしていいのだ。帰って最初にどの菓子を食べようか、と華は考える。そういうことを考えるのはとても楽しい。

ルービックキューブ

買った菓子を頭の中で並べていると、すぐ脇すれすれを車が走り去っていった。華は我に返ると顔を上げて車を見送る。住宅街でスピードを出すなんて、無謀な運転だ。楽しい想像を中断されたことに、華は軽く腹を立てる。

再びうつむこうとして、なにげなく横を見た。駐車場が目に入る。コンビニに行く途中で、いつもこの駐車場の横を通るが、注意して見たことはない。

だいたい駐車場かどうかも怪しい。車が停まっているのを今まで一度も見たことがないから。ただ、かつてそこが駐車場として使われていた名残として、白いラインが引かれている。

だが地面はかなりぼこぼこして、コンクリートがはがれて白い土が出てしまっている箇所がある。その白い土の上に、何かが落ちていた。カラフルで四角い何か。白い土の上だから、余計にカラフルさが際立っている。

ルービックキューブだ、と華は気付いた。

駐車場にルービックキューブ。なんだか違和感だ。その違和感が、華の足を立ち止まらせる。

どうしてこんなところにルービックキューブが落ちているんだろう? 咄嗟に周囲に人がいないかどうかを確かめた。まるで時が止まったかのように誰もいない。辺りは不自然なほど静まり返っている。

見えない場所で、人々が息を殺して自分の行動を見ているような気がする。華は全身を緊張させた。今まで買いだしの途中で寄り道をしたことは一度もない。ほとんど何も見ないようにして、まっすぐに家に帰っている。

華はぎくしゃくした動きで駐車場に足を踏み入れた。シャリッシャリッという音がひどく耳につく。一歩、また一歩、ルービックキューブに近付いていく。自分に拾い上げられるのを、ルービックキューブがじっと身を固くして待っているような気がする。

華は腰をかがめると手を伸ばした。表面に少しばかり白い土埃がついている。華は袋を腕に掛けると、埃を払った。それからなんとなく回してみた。

ルービックキューブを見たことはもちろんあったが、実際に回したのは初めてだ。ばらばらになっていた色が、華の手の中で新たに混ざり合った。

これを六面揃えるなんて到底無理だ、そんなことができるのは天才だ、と回しながら思う

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『空虚成分』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。