現代セルビア文学におけるホラー、SFのジャンルの旗手として活躍しているゴラン・スクローボニャ。衝撃作『私たちはみんなテスラの子供 前編』を日本初公開します。

第一章 カンタレラ! カンタレラ! 一九一九年六月

グリマルディが死の床で悶絶しながらのたうち回っていた時に自分が話したことについて、アンカは少しばかり考えていた。彼の死に際して、彼が殺した全ての犠牲者たちが地獄の門での再会を願っている、そういう事を言う権利は自分にはあるだろうか。

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しばらくしてアンカは結論付けた。これは、法律、正義、さらには道徳やアンカが信じていない地獄と天国の問題ですらないと。

アンカとグリマルディは実際には全く同じであり、もちろん二人とも自分たちそれぞれの行動が何か良い有用な目標の達成に貢献するものと確信していた。

更に言うと、別の状況下では同じ側に立って、同じ仕事をしていたかも知れない。一方で、グリマルディに関する書類から判断すると、彼の経歴にはベビーベッドの赤ちゃんを含めて家族全員を殺すこともあった。

彼の雇い主、バチカンは、あれやこれやの利害のために、その人たちを将来の潜在的な敵とみなしていたのだ。アンカは自分自身にはそのようなことはできないと感じていた。

グリマルディがトイレに行っている間に、アンカは、指導者であり愛人であるマルガレータ・ゼラから数年前に取得した指輪の上部ロックを解除していた。アンカはマルガレータから重要な授業のひとつを受けていたのである。

それは今回の仕事で役に立った毒物学だった。目立たないように、アンカはその指輪の中身を空にした。そしてどうしても次のように皮肉っぽく考えてしまうのだった。

そのイタリア人の殺人者は、ボルジア家の好きな武器によって命を落とすのだと。それからアンカはグリマルディがトイレから戻るのを待ち、彼がグラスを飲み干す光景を静かな満足感で眺めていた。

彼女は、全てがこのように慎重に、そして大きな音をたてることなくうまくいった事を喜んでいた。さようなら、シニョール・グリマルディ。アンカはため息をついて湯船に深くつかっていた。温かいお湯によって浄化されるのを感じた。

お風呂と一晩の睡眠さえあれば、アンカ・ツキチは大佐に用意される新しい任務に臨める。

第二章 手錠、運送屋、そしてアメリカの漫画 一九〇九年/一九一九年 ベオグラード

ディミトリイェヴィチ大佐は、その短いメッセージが書かれた電報をぐしゃぐしゃにして、屑かごに投げ入れた。大佐は、ネマニャ通りに位置する軍司令部の建物の二階にある自分の執務室にいた。

広い石畳の通りをせわしなく行きかう路面電車、テスラカーや、中央駅からスラビヤ広場に向かって歩いて行く、手にスーツケース、包みを携えた通行人たちについては、彼は全く目に入らなかった。

豪華で品のある部屋の設備。ブダペストの著名な彫刻家アッティラ・モルナールの作品であるどっしりとしたクルミ材のテーブル。壁板のところを王国の金の紋章と栄光のセルビア軍の象徴が施された壁。

さらには大佐のピカピカの半長靴に踏まれるときしみ音がするワニス塗りの寄木細工。そういったものは脳裏に浮かんでこなかった。