いずみは、純が生まれた時のことを思い出している。いずみの姉の一ノ瀬京子が病院に運ばれ帝王切開で赤ん坊を産む。赤ん坊を産んでしばらくして京子も絶命する。京子の手には光る石が握られている。赤ちゃんが並んで寝かされているのをガラス越しで見ている一ノ瀬重文といずみ。

「お兄さんの事故に続いて、姉さんまで亡くなるなんて……」

「兄さん、姉さんの子を私たちで育てよう。男同士で宏といい兄弟になるだろうし」

「はい、2人には本当にお世話になったし、恩返しする番だわ」

強い気持ちで言葉を噛み締めるように言ういずみ。

「あれから10年。早いな」

「純は真面目でスケートも勉強も申し分ないし、優等生だけど、どこか暗いところがあって心配」

と不安そうないずみ。

「宏と4つも違うので、お互い遠慮があるしな」

神宮のスケート場。純はここのスケートリンクで活動する渋谷区にあるスケートクラブに所属している。コーチの井上が純たち選手の集まっているところに来る。

「10月のノービス選手権に出場するメンバーには今後の課題と別メニューを作ってきた」と言うと純を含め数人に紙を渡す。

第二話 それぞれの挑戦 3

剛と翼が横浜アイスアリーナで練習をしている。2階のスタンド席で三枝子が見ている。スケートリンクに剛と来るのが初めての翼。ステップを中心に練習している。横には横浜のスケートチームがいる。その中に健太がいる。

健太はチームの10人の中の1人で須藤コーチに教わっている。

「コーチ。あそこにいるのは、金メダリストの四ノ宮さんですよね」

「健太、よく知ってるな。20年前くらいのオリンピックで優勝した四ノ宮剛さんだ」

「金メダリストに一対一で教わっている子って、金持ちなんだろうな」

とうらやましそうに言う。

「そうじゃないらしいぞ。四ノ宮さんが自分から申し出たそうで連盟内でも話題になったくらいだからな」

翼の下手なステップを見て

「あんなに下手くそなのに……」

と納得がいかない健太。

「人のことはどうでもいいだろう。健太、もうすぐノービス選手権だろ。自分の演技に集中しろ」

「はい、すいません」

その時、翼がステップの練習を終え、ジャンプを始める。翼がいきなりダブルアクセルを跳ぶ。

その高くて美しいジャンプに健太は見とれる。

「すげえ……」

その健太の言葉で他の選手も一斉に翼を見る。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『氷彗星のカルテット』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。