女房と二人、墓地迷宮の囚われ人となる。街の喧騒は、ここには届かない。気が付けば、薄紫色の静寂が辺りを支配している。ついに、夕闇は僕たちを飲み込んだ。何とかしなければと、出口を探す。遠くに本堂らしき建物のシルエットが黒々と浮かぶ。

弾かれた様に小走りになる。やっとの思いで本堂に辿り着く。

「本日の拝観終了」。

この看板を見た時、思わず「泣くよ鬱です平安京」と呟いた。寒い、とにかく寒い。それに腹も減った。とにかく長崎皿うどんだ。

京都墓情 二〇一七年十二月:【第二日目】京福電鉄沿線から東寺

天気に恵まれ、寒さも和らぐ。ホテルを出て、烏丸通の銀杏並木を歩く。銀杏の葉は色褪せているが半分は散らずに残っている。冬への季節の移ろいを拒否するかのように。

今日は、京福電鉄沿線を行軍する。妙心寺は、臨済宗の大本山だけあって、十万坪の敷地の中に、妙心寺を中心に四十六の寺院が立ち並ぶ。

しかも、敷地の周辺には寺が経営する、幼稚園・子ども園・中学校・高校・大学まで配する臨済宗コンツェルンなのである。法堂に入ると寺のガイドが天井画の説明をしている。

狩野探幽作「雲龍図」。

直径十mの円の中に描かれた龍は、どの位置から見ても睨むように見える。ゆえに「八方睨みの龍」とも呼ばれている。龍が天井を穿うがち、虚空へ昇らんと機会を窺っている。そんな迫力に、僕は圧倒される。

バーチャル・リアリティは、およそ三百六十年前の日本で既に完成されていたのか。しかも墨絵で、ゴーグル不要。

匠の技は、科学技術の進歩すらも凌駕すると感嘆した。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。