実習書に書いてあるよ、と高尾が一言言ったきり、黙ってしまった。僕が予習してこなかった事を見抜いているのだ。そ知らぬ振りをして、僕はテキストをのぞき込んだ。

なるほど、手掌と足の裏の皮膚は他の部位の皮膚とは異なっていると記されている。そのうえ、ライヘは指を少し曲げ、軽く拳を握っているので、やりにくそうだ。

そう言えば、他の班を見ても、手のひらを広げているライヘはいない。人は、臨終の時に及んで、指を曲げる、つまり手を握るのだろうか。

摘まむとぼろぼろと崩れる皮膚と苦闘しながらもどうにかその下の層を露出してゆく。白く光る手掌腱膜が現れてくる。3部に分かれ、母指の筋の筋膜、小指筋の筋膜へ移行するものと、中央の部分であるらしい。中央のはさらに四束に分かれて指に向かう、と書いてある。

親指と小指以外の部分といえば3本だから、四束というのは変だな、と最初考えたが、どうも小指には重複して分布しているらしい。

母指、すなわち親指の付け根で手掌腱膜を剝ぎ取り、親指を動かす筋肉群を剖出する。

短母指外転筋、短母指屈筋、母指対立筋、深い層に母指内転筋。小指には小指外転筋、短小指屈筋、小指対立筋。非常に繊細な動きが可能な人間の手の仕組みを支える、筋肉群、骨格群、神経、血管、腱。骨学の知識で言うと、豆粒のような骨も有る。

また、手首や肩の滑らかな動きも、腕全体としての機能として見逃す事はできない。子供の頃、プロレスごっこをしていて、肘の関節が外れた経験が有る。

夜だったので、一晩我慢して、翌日整形外科へ行ったが、関節の按摩のような事をしてくれて、カクンという感触と共に、それまで辛かったのが、一瞬にして元へ戻った時は、子供ながら、医学に感謝した。

これは、肘の部分の橈骨の骨頭が橈骨輪状靭帯から不全脱臼を起こしたもので肘内障と呼ばれるものであるらしい。子供の腕を無理に引っ張ったり、倒れそうになった時、ついしゃくるように腕を引き寄せると起こる、と書いてある。

親子で手を繋いで歩いていて、子供が躓いて倒れそうになったら、手を離して身体ごと抱きかかえる方が無難だ。その肘関節は、一つの関節腔に包まれ、その中に上腕骨、橈骨、尺骨のなす、三つの関節が含まれている。

この関節包を切開して、前腕を回内、回外させ、関節部での骨頭の連結部での動きを見る。上橈尺関節では橈骨と尺骨が接しているという、骨学の知識の確認をして、本日は終了し週末となる。