家庭教師

急に青白い閃光が、車の前方でピカッと光った。

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見ると雷光が西の空の片隅で、仕掛け花火みたいに雲のなかで青白い輝きを盛んに繰り返していた。雷光は時おり大きく光ると、それを追いかけるように雷鳴が低く()(とどろ)き始める。まだ、午後なのに夕方のような薄暗さになった。

運転席の森田さんは独り言のように僕に話しかけた。

「さっきまで晴れてたのに、なんか雨でも降りそうだね」

僕は助手席に座っていたから、

「そうですね」

と遠慮がちに小さく相づちをうった。僕は早稲田大学に入学したばかりだったが、家庭の事情ですぐにでもバイトをしなければならなかった。

そこで、母が知り合いだった森田さんに相談したら、家庭教師を探しているお客さんがいるからということで、いまはその家に挨拶に行くところだ。

森田さんは電気屋さんで、顔が広く、これから行く住永商事の東京支社長の奥さんとも顔見知りだった。相手の家は石神井公園近くにあった。木立が多い閑静な住宅街で、戸建てが多い。

目当ての家は名字を大塚さんと言い、両親と中三の一人娘の三人家族だった。庭も広々としている。家に着く頃には遠雷はやや遠のいたが、小雨が降り始めていた。

車から降りると森田さんと僕は急いで玄関の門まで走っていき、玄関チャイムを鳴らした。すぐに奥さんが玄関から門扉まで出てきて、

「あら、いらっしゃい。ごめんなさい、こんな雨のなかお呼びして。さあ、どうぞどうぞ、お入りください」

と家に招き入れた。森田さんは帽子を脱ぎながら、

「じゃあ、お邪魔します。あの、こちらが家庭教師の松本君です」

と僕を紹介した。大塚夫人は、僕を見ると微笑みながら挨拶をする。