勢津子と美穂があなたの下宿の部屋へ立ち寄ったのは、いつものようにインド研究会部室からの直行であった。

あなたは風邪で寝込んでいた。

とっておきの話があるの、絶対、由布にもいい話だと思うわ。布団の傍らに座るなり勢津子が勢い込んで言った。

「シュールの絵、見たことある?」

「うん、ダリとか、ね。本物かどうかは知らないけど。写真ではいっぱいね」

「日本でね、今、シュールの画家といえば伊藤一仙でしょ。その一仙を美穂が知ってたのよ。吃驚(びっくり)よね。しかもね、一仙とお弟子さんたちと今度一緒に飲みに行こうってなったってわけ。勿論、由布も一緒によ。ね、素敵な話でしょ」

「うーん、でもこの風邪、なかなか治りそうもないよ」

「いいんよ、いつでもいいんだもん。いろいろ、話、聞けるわよ。この際シュールの勉強をしておくのもいいじゃない。面白そうだし。ね、行こうよね」

「シュールレアリズムか―—。でも、風邪が治っても、すぐ定期試験が始まるよねえ」

なかなか下がらない高熱のために、あなたは期末テストの準備が出来ていなかった。

「熱なんかすぐ下がるよ。大丈夫だよ、由布は試験勉強なんか要らないんだから。それにいつだっていいんだからさ。夏休みに入ってからで、どう? 早く治ってね。待ってるよ」

いっぱしの学生生活一年目である。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『となりの男』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。