これが大当たりしたのである。大当たりしたCMを今でも覚えている。敢えて紹介させてもらうと「ピンポン」の後、女子アナウンサーが「上野食品の社長からお寿司、おにぎり、お弁当屋さんにお知らせいたします。では社長どうぞ」。

続いて私が「恐ろしくうまいカップみそ汁、スタンカップの大好評にお応えして、またまた、豚汁となめこ汁を出しました、え、もう注文! 有り難うございます」。

自社のラジオCMには社長自ら出演した(1978年9月、ニッポン放送スタジオにて)。

ラジオCMで社長が自ら出演するのは珍しく、局内で話題になった。その後、P社のCMに同社の会長が出演したのを覚えている人も多いと思うが、実はラジオでの「トップのCM出演」の草分けは私だったのである。客層を絞り込んだお陰でお寿司、おにぎり、弁当を売っている食品業界の関係者に「スタンカップ」は知れ渡り、続々と注文が入って来た。

工場をフル稼働しても生産が追いつかなくなり、当社の営業が自分の担当する得意先に品切れを起こさないよう工場に見込み発注して混乱状態になる事態まで起こった。この頃には名のある食品問屋や業務用食品問屋、中小問屋などとほとんど取引ができて、食品業界での認知度が上がった。

他の食品メーカーが扱っていないことも幸いして、カップみそ汁市場は「スタンカップ」の一人勝ちの状態になった。特に「あさり汁」「豚汁」「なめこ汁」は好評であった。

機が熟したこともあって取引先の問屋と大口販売店を招待して一大イベント「スタンカップ新製品発表会」を開催した。品川駅前にあるパシフィックホテル東京の宴会場を借り切って、二百人の客を招待した。

その中には当時まだ駆け出しの落語家・三遊亭楽太郎(現・三遊亭円楽)やマーケティングの権威であるランチェスター理論研究者の田岡信夫先生もいた。ラジオの他にテレビCMを試しに行い楽太郎を起用した。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『復活経営 起業して50年 諦めないから今がある』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。