「このままでは、恐ろしいことが起こるだろう……」その小さな呟きを、女の子は聞き逃しませんでした。女の子は旅人の目を曇りのない瞳で見つめながら聞きます。

「どうしたらいいの? 私に何か、できることはない?」

……沈黙の後、旅人は重たい声で言いました。

「こんなにも枯れ果てた泉をもう一度活かすためには……生贄を捧げるしかない……心ある生贄を差し出し、強い想いを神様に伝えるしか……」

小さな女の子は、再び目の前に広がる枯れ果てた泉を見つめます。

「泉さん……かわいそう……」そして「私が、生贄になる……」と言うのでした。

旅人は愕きましたが、この子らしい……とも思ったのです。だから旅人は小さな女の子の想いを尊重しました。女の子はたくさんの涙を流した後、この枯れ果て荒んでしまった世界から姿を消します。

それと同じくして、乾き荒んでいた泉は息を吹き返してゆきました。

湧き出ずる泉の水。なんと透明なことでしょう! 

その透明な水には、女の子の心が宿っていました。生きた証の泉です。

これから、その泉は決して枯れることはないでしょう。なぜなら……

泉の水を飲んだ世界の人々も、それぞれに思い出せたから……。心にある湧き出ずる泉の存在を。

心に正直に生きようとする時、湧き出ずる泉。それぞれの心を活き返らせる透明な水。 

あの小さな女の子の心から繋がっている泉。

自分達の心にも、その存在があったということを思い出せた世界の人々は、心を通わせながら生きています。祈りながら力強く生きています。この世界の透明な泉を守るために。

あの小さな女の子のような澄んだ心を、今度は守ることができるようにと。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『平気なふりをしている心へ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。