滑落したら、捜さないので

「駒草」は、鬼塚から毘紐天に登る途中にあった。朝七時過ぎ、登山者の両親が「駒草」駐車場にやってきた。武蔵警察署に待機している坂崎と電話で話し、挨拶に来たのだ。

「岬です。このたびは、大変お世話になっております」

父親と母親が、重なるように挨拶をしてくる。石黒はすぐに本部の隊長たちが集まっているところへ案内した。両親が挨拶すると、陸自の隊長が現状を説明した。

「滑落したら、捜さないので」

とのくだりで、母親が反応した。陸自の隊長は顔色一つ変えずに、

「捜せないでしょう。行方不明でずっと見つからない人もいるんだから」

と、強く言い放った。本部から離れて、警察の車に戻ると、母親はまた同じことを繰り返した。

「滑落したら、捜してもらえないんですか?」

「捜せないんですよ」

石黒も、同じことを繰り返した。何度同じことを言わせるんだ。捜せないのは山肌を見たらわかるだろうに。ものわかりの悪い母親だ。いや、母親だからわかろうとしないのか。

その日、雨と曇りを繰り返し、雲が切れた時にやっと出羽県警のヘリを飛ばすことができた。さらに十時頃、登山者の会社から二人、上司と同僚が訪ねてきた。両親は

「毘紐天の駐車場にいます」

と言って下って行ったが、「毘紐天」は「駒草」より上。おそらく「鬼塚」の、登山者の車がある駐車場にいると思われ、会社の二人に場所を教えた。会社からわざわざ来るなんて、登山者はどんな仕事ぶりだったのだろう。いや、会社の対応が丁寧なのか。

しばらくして再度両親が「駒草」に現われた。会社に連絡して、一緒に山を登った時の写真を持っている同僚に声をかけてもらい、写真を送ってもらった、というのだ。それは、登山者の初めての登山姿の写真だった。

今回、全く登山者の服装がわからなかった。朝早く出発したので、両親とも会っていないという。もともと黒が好きだったという以外、何もわかっていなかった。

また、提出された写真は、一か月前に友人の結婚式で写したもの、ということで黒いスーツ姿だった。

親のくせに子供の服装もわからないなんて、最近の親は無関心すぎるんじゃないのか。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。