本殿前には、至る所に雪が残っている。道理で、よく冷えているわけだ。清澄な空気に心身を洗われて参拝。本殿のさらに上の霊宝殿まで、階段が続いているので、登ろうと女房を振り返る。無言で、首を振る女房。

「イ、イエッサー、女房殿」。仕方なく下山する。

庭の紅葉が、黒光りした床を深紅に染める「床もみじ」で、有名な実相院。だが、紅葉の季節も疾(と)うに過ぎ、訪れる観光客も少なく閑散としている。「冬枯れの庭も風雅でいいね」と女房に言ったが、女房には負け惜しみの様に聞こえたかもしれない。

晩秋に限らず、命萌える新緑の頃、床が淡い緑色に染まる「床みどり」を見るのも一興だろう。実相院の床シリーズで特筆すべきは、雪が楓の枝に積もった日に見られる「雪化床(ゆきげしょう)」である。床を銀色に染める様は、まさに幽玄であろう。一度は見てみたいものだ。

しかし、この寺の廊下は、冷たさと滑りやすさがスケートリンク並だ。この廊下なら僕にも、四回転トウループ+シングルサルコウが成功しそうだと根拠のない自信が湧いてしまうのであった。
 

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。