企業にとって人材とは

憲法の視点から

日本国憲法に定める社会権、自由権を理解せず、かつ、日本の労働関連法の立法趣旨を理解しないままインドに来て、ヒヨコがとさかをつけて社長です、といった体の経営者もごくたまに見かけます。そうした経営者に、インドの憲法が定める人権規定に基づく、インドの労働基準法関連法の立法趣旨が理解でき実行できるとは思えません。

私見ではありますが、日本の義務教育において、日本固有の土着性を肯定した憲法解釈を教えることは稀であり、慶應義塾大学の小林節名誉教授の流れを汲む方たちくらいではないでしょうか。

多くの憲法解釈は、敗戦国民の堪え難きを堪えられない人たちによる詭弁の論理として、戦後70年を越えてはびこっており、憲法に定める国体、社会権、自由権の教育も満足になされていないのではないでしょうか。こうした教育制度の中で、自己学習すらせず、会社の上司に指示されるがままインド人を雇用することが、どれだけインド国民に対して、失礼なことかを考えていただきたいのです。

インドは連邦共和制の国で、インド国民はもちろん国連人権規定、そしてインド憲法にある権利義務を理解しています。ですから、日本国憲法に定める基本的権利義務を理解できていない経営者に、社外組合による直接的関与を排除することなど不可能です。

武田信玄のようにすべてを分かって、人は城、人は石垣と言い切れるだけの自己研鑽がなされていない一部の人材が、基本的人権の軽視を原因にインドで労働争議を起こして、そうしたことが遠因となって、日本でインドという国の風評を落としている事例を聞くにつけ、インドに10年を超え住んでいる私には、歯ぎしりするほどに悔しいのです。

遵法国家のインドにある日系企業であるならば、インド国内法に準ずるのは当たり前のことです。株主権に基づいて派遣された日本人が、インドでその国内法に服する姿勢がない限り、誰が来て、何をやってもダメなのです。インドの人を雇い、正当な対価を支払い、インドの国内法と株主権を踏まえ、人事規定、経理規定、法務規定、工場規定を彼らと共に定め、自ら率先してそれに従う遵法精神がないところに、まっとうな雇用関係など存在しないし、まっとうな企業経営などありえないのです。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『インドでビジネスを成功させるために知っておくべきこと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。