ある土曜日、妻は医者に行くと言って出ていった。妻は、何処の病院に行くとも言わなかったので気にも留めていなかった。すると、電話が入った。妻が行った病院からだ。

なんだかよく分からないまま電話をとる。妻を担当した医者からだった。

妻が行った先はこの市では大きい、精神的な病を扱う病院であった。いわゆる精神病院。今では町の小さな医院でも心療内科と掲げている所が目に付き、昔に比べて随分行きやすくなったのであろう。当時、このような病院に行くこと自体偏見があったようだ。

妻は相当覚悟して病院に行った。私にはその重大さを理解できていなかった。

その担当医の話は私を地獄に突き落とすのに十分であった。要約するとこのような内容である。

『妻の病名は鬱病。それも重度の鬱病であり、相当強い自殺願望がある。直ぐに入院させて下さい』

とのことであった。私は大混乱に陥った。妻が入院するということは、私が小さい子供二人世話をすることだ。仕事はどうなる。会社を辞めろというのか? 私はどうしていいか分からなくなっていた。妻の親も、私の親も住む場所が遠い。一時は頼めても、妻の病気が治るまで居られはしない。

医者は事実を言うだけで、私の解決の手段にはならない。頭の中は「どうしよ、どうしよう」と何の解決手段も見い出せないまま逡巡していた。

その日の午後一時頃、妻は帰ってきた。

妻は泣きながら私に報告した。

自分の病気のことが分かってホッとしたのだという。自分の異変、何を考えても最後は自責の念にかられ自殺したくなってしまうというのだ。

結局、妻は色々逡巡した結果、子供達のことを考え入院に踏み切れず家で治療することになった。

その日から妻は薬を飲み眠った。本当によく眠った。それは私にとって地獄の入り口でもあった。

医者が処方してくれた薬は、強烈に眠くなる薬のようだ。眠りも深く一日十六時間以上も眠ってしまう。つまり、殆ど一日中眠っていると言ってもおかしくない位だ。

一日中家で寝ている。まるで眠り姫のように眠っていた。そうは言っても多少の買い物と食事位はできるのはまだ良かった。

ただ殆ど家事ができなかったので、家の中はゴミの山になっていった。その中でまだ小さい子供、ショーは垂れ流し状態。カーテンの裏とか別の部屋は糞尿で大変なことになっていた。新聞は二重にも三重にもなり、ポテトチップス等のお菓子のカス、袋、ペットボトルなど散らかり放題になっている。

夜遅く、疲れきって会社から帰ってくると地獄が待っている。暗い部屋、妻はぐっすり眠っている。その傍ら子供達は目だけギョロつかせながら静かにしている。帰宅後、毎日、片づけから始まる。新聞、うんち、おしっこの後始末。地獄だ、この世に地獄というものがあったのかとこの時まじまじと分かった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『ショー失踪す!』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。