「ねえ。この前の話なんだけどさ」

と僕は言った。前に千代に告白されたのである。しかし僕にはもう一人の友達であり、幼馴染である奈々がいた。僕が仕事で成功したらいきなりまとわりついてきた。明らかに財産目当てであることが見え見えだ。彼女は千代と違ってスタイルもよく、顔がきれいだった。しかし前に誰かと付き合っていたらしいのだが、浮気をしていたといううわさがあり、性格は問題ありそうで、しかも千代と違って文学のセンスはゼロである。彼女と話していると、なぜか虚無感を覚えるのだった。

「ごめん、断わらせてもらうよ」

と僕は言った。

「そう、奈々さんを選ぶんだね」

「うん、美人だからね。それに運命を感じるんだ」

「前に言ってたよね、僕は運命に逆らう主義だって。それに付き合う女性の条件を私が聞いた時、なんて言ったか覚えてる?」

「たしか、普通の人は、金だったり、中身だったり、顔だったりするけど、僕はそのどれもいらない。僕のことを好きでいてくれる人が付き合う人の唯一の条件だって言ったよ」

「それで、私が簡単な条件だわね、って言ったらなんて言った?」

「僕のことを好きになるってことは、結構厳しい条件なんだよ。僕はガードが堅いから、ねばり強く挑戦しなくちゃいけなかったり、浮気をしちゃいけなかったりするんだって言ったよ、確か」

「あの子は浮気するような女だよ」

「いつか、なんで僕が奈々を選んだか、わかるよ」

僕は千代と出会った時を思い出した。高校三年生の頃、現代国語の授業で小説の解釈について、僕の意見を発表した。誰もが間違っていると言ったが、授業の後で千代だけがほめてくれた。それから彼女と時々小説や哲学について話すようになったのだ。千代は言った。

「関係ないけどさ、私、男に生まれればよかったと思っているんだ。女ってつまらない生き物だよね」

そう。千代は男だったらよかったんだ。なんで女なんだろう。僕は悔しがった。少しの間沈黙が続いた。そして千代が言った。

「そっか、仕方ないね」

どうやら彼女は、なぜ僕がこの決断をしたのか察したらしい。残念というより、新しいことに気づいてうれしそうだった。それからは、もう千代と会うことはなかった。その後、僕は母親似の奈々と結婚した。

――――

最後にこう書かれていた。

僕は今まで後悔というものを一度もしたことがないし、今もしていない。良い人生だった。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。