ドラム4のくしゃみ

「見つかったか?」

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翌日、岳也が声をかけてきた。洋一は首を振る。

「そうか。そのうち出てくるよ。なくし物って、忘れた頃ひょっこり出てくるんだ。そういうものなんだ」

「ならいいですけど」

「そうだよ。だから元気出せ」

岳也は洋一の肩を叩いた。洋一は顔を上げると彼を見た。

「くしゃみさんていい人ですね」

「なんだ、今頃気付いたのか?」

「いや……」

洋一は微笑を浮かべると言った。

「だって、新しいのを買えばいいって言わないから」

「そりゃ言わないさ」

岳也は当然という顔をした。

「人が大事にしてる物くらい分かるさ。あれは特別なルービックキューブなんだろ?」

「はい」

洋一は笑顔でうなずいた。

「とても。だから、どうしても見つけなきゃいけないんです」

単発でたまに入れているちらし配りのバイトが終わり、家に帰る途中のことだ。グァンッ! 新宿駅の雑踏の中、洋一はそんなくしゃみを耳にした。ドラム4だ。間違いない。あのくしゃみの主が近くにいる。洋一は思わず足を止めると振り返った。

人ごみの中、目を走らせる。どこだ、どこにいる? なぜか、どうしても顔を見てみたい気がした。ああ、でもこんなに人が大勢いて、もう分からない。諦めて歩きだそうとしたとき、グァンッ! 今度はもっと近くで聞こえた。洋一は反射的に振り返った。

洋一のすぐ後ろを、鼻をこすりながら通り過ぎていく男性がいた。黒い高そうなコートを着ている。首に巻いたマフラーがひるがえり、バーバリーの刺繍が入っているのが見えた。

染めているのか、髪が不自然なほど黒々としている。油と櫛で丁寧になでつけられた髪だ。顎にたっぷりと肉がついていて、貫禄があった。いかにも高級な物を食べていそうだ。

悪人だよ。

耳元で岳也の声がよみがえる。それも根っからの悪人だ──。

ドラム4のくしゃみと男性の風貌は、これ以上ないくらいぴたりと当てはまっていた。駅の改札に入ろうとしていた洋一は、改札に背を向けると男性の後を追った。夕方で、人が一気に増える時間帯だったが、男は人の波などものともせず、ひょいひょいと器用にすり抜けていく。

黒いコートに視線をあてたまま、洋一は必死で後を追った。僕は一体何をしてるんだ、という声が頭のどこかで聞こえたが、体が止まらなかった。