それからというもの、文芸作品を扱っている出版社へ、手当たり次第に作品を持ち込んだ。

作品を受けとってくれることもあるが、多くは儀礼的であり、その後の反応は皆無だった。

今日も三社を回ったが手ごたえはなかった。

駅への道すがら、さっきの苦い記憶が胃液の逆流のように反芻される。

俺は以前に短編の雑誌収載をしてくれたことのある「ダイヤ企画」という準大手の出版社を訪問した。対応したのは編集部次長の黒田という男だった。小さな会議室で一時間も待たせた挙句に現れるなり、悪びれもせず「待たせましたな。で要件はなんでっか」

年齢の割におやじ臭いぞんざいな関西弁を話す黒田は、気遣いする気配もなく露骨に時計に目をやった。

「はい。お忙しいところお時間を割いていただき申し訳ありません」と礼を述べた。

「いや、割くほどの時間はおまへんのや。手短にお願いします」

「実は以前、御社の『月刊翼』で短編を載せていただいたことがありまして。その節は編集長の道下さんにお世話になりました」

「ああ『翼』ね。売れへんで廃刊になりましたわ。道下も辞めましたしな」

「お辞めになりましたか……。それは残念です」

「今、出版業界も厳しくてな。売れん雑誌は生き残れまへんのや。まったく愛澤はんみたいな売れっ子作家を抱えている葭葉出版さんがうらやましいわ」

「……そうですね」

先天的無神経とはこのような男を指すのだろう。黒田のぞんざいな態度に席を立ちたくなる気持ちを抑えて、用意した作品の粗筋、要旨を紹介し始めたら、

「芹生さんでしたっけ? このような持ち込みはぎょうさんあるんで、今この場であんさんの講釈を聞いている時間はおまへん。吟味させてもらうよって作品をお預かりしまひょ」

黒田はスマホをいじりながら目線も合わさずに言い放った。親の顔どころか三代に遡って先祖の顔を見たくなるほどの黒田の無礼に、原稿で顔を引っ叩きたい衝動にかられた。だが、それが許されないことは自明だ。

「よろしくお願いいたします。コピーなので返却されなくても結構です」

黒田は片手で原稿の入った封筒を鷲掴みにして立ち上がった。俺は一人残された。

落ち着きを取り戻し、編集部の入り口で再度挨拶だけして帰ろうと覗くと、黒田のデスク脇のゴミ箱に見覚えのある封筒が捨てられているのが目に入った。

「俺の!」と言って絶句し、全身がけいれんを起こしたように震えだした。入って黒田をぶん殴ろうと思った瞬間、沙希と雫の顔が浮かんだ。

ここで黒田を殴ったら、もう物書きとしての道は絶たれる。敢えてこの光景を心に刻みつけよう……。

震える体で受付を出た。入口にはめ込まれたダイヤ企画の看板が目に入る。拳で思い切りなぐりつけた。鈍い音が響いて受付が怪訝そうに顔を上げた。看板はびくともしなかったが、拳からは血が流れた。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。