「どこまで行くの?」

背後から声がした。振り返って見ると、三十代前半の痩せ加減で洒落たコートに身を包んだ男が立っていた。目鼻立ちの整った顔だが、少し危険な臭いがする。

「小樽までです」

「学生さんだね、どこから来たの?」

「東京からです」

「どこの大学?」

「N体育大です」

「そうか、スキーの試合で来たんだね。だけどこの時間だと小樽までは行けないな。どうするのこれから?」

「はあー、いよいよとなれば駅にでも泊まろうかと……」

そう言いながら、男の素性を想像していた。キャバレーとかクラブのような水商売の人なのか、それともオカマなのか、いずれにしても自分にとって通りすがりの他人なんだ。

「駅もいいけど寒いよー。どう、俺のアパート近いから泊まっていくか?」

唐突で驚きながらも、全く予想しない言葉でもなかった。

「はあー、でも悪いですし……」

「遠慮しなくてもいいよ、さあ行こう」

「申し訳ありません。じゃあ泊めてもらうだけ」

その人の後に従った。クスリでも打たれて外国に売り飛ばされるようなことはないだろうな、そんな不安も少しあったが、この寒さを逃れられるのであればそれもよしとするかの心境だった。

アパートの中は暖かかった。熱いうどんも用意してくれた。しばらく話をしていると、見掛けとは違い何も心配することはない普通の人であることが分かった。商社のサラリーマンで、仕事の付き合いで帰りが遅くなったという。温かい布団で寝させてもらった上に、翌朝の食事まで面倒を見ていただいた。

「ありがとうございました。ほんとに助かりました」

「なーに、大したことやったわけではないから。よかったらまたいつでも来るといいよ。試合、頑張れよ」

「はい」

(この人は大丈夫なのだろうか)と疑った心の狭さを恥じた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『季節の向こうに未知が見える』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。