そして、私たち当時の生徒は、『君たちはとても良い子だが、覇気がない!』と、その原因が生徒にあるかのように言われ続けた。その後、昭和58年をピークとし、都内全域で中学校が荒れた時期があり、私の母校も他に違わず、問題行動が横行した。

バレーボール部のコーチ・夏休み中の水泳指導員をし、また、妹が在校していたことなどもあって、その頃の中学校の実情はつかめていたと思う。

そして、自分が通っていた頃の中学校の教育を振り返り、『管理し押さえつけられれば、そこから逃れようとする中学生の有り余るばかりのエネルギーが堰を切ったように流れ出し、その衝動・衝撃はとどまることを知らず、教師の力だけではどうすることもできないほどの激流と化してしまっても仕方がない』

と、教師となって10年足らずを経た今でも思われてならない。

そして、在職している学校は元より、研修等を通した東京都内の公立中学校のさまざまな情報、教育の現状を省みると、管理主義の教育と中学生の有り余るエネルギーとの衝突という構図があり、管理主義教育が優位に働き、学校は落ち着いているが生徒に覇気が感じられない時期と、中学生の有り余るエネルギーが優位に働き、学校が荒れている時期が交互に繰り返されてきただけと考えて取ることができる。

こうした流れに歯止めを掛けることは絶対に必要であり、そのために教育相談が担う役割は大きい。個々の教師の教育観を変革するためには教育相談推進が必要であり、教育相談を推進するためには個々の教師の教育観の変革が必要である。

大変難しい課題であるが、今後の研究が待たれる。」