④ 文献史学・考古学的観点からの九州説

⑴ 以前から国々の成立があった。

⑵ 「漢委奴国王」の金印を授与された。

⑶ 時には北部九州には約百カ国が中国と通商が行われていた。

⑷ 邪馬台国の王都は国際的な港を有する。

⑸ 卑弥呼の王都は環濠集落の形状をなしているか?

⑹ 魏帝から下賜された特需品の発掘があるか?

⑺ 邪馬台国の東には海があり、渡海すると倭種の国があるか?

⑻ 南に水行十日で女王国、二十日で投馬国がある。

⑼ 卑弥呼が突然死したのはなぜか?

⑽ 卑弥呼の墓は径百歩でなければならない。

⑾ 墓は王城地区の近辺になければならない。

⑿  日本列島においては稲作、諸文化、異民族との交流等は西から東に移動した事象を考えると、歴史の原点は九州にあったと考えるのが自然である。

次節では卑弥呼に下賜された鏡を解説する。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『邪馬臺國は豐國にあり 歴史学と考古学から読み解く⽇本古代史』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。