厚労省とりまとめ、パラダイムシフトそして医療法改正案へ

・鹿児島発医療事故調査制度を考える運動

「厚労省案反対」「医療法改正反対」の運動を展開した。「風は南から」、実質、鹿児島から発信した運動である。

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鹿児島1区選出の元法務大臣、保岡興治衆議院議員に厚労省案の欠陥を説明した。なぜ保岡興治元法務大臣だったのか。

①厚労系議員は、数名を除き既に医療安全推進室の根回しが終わっており、関心も薄く、説明しても無駄であった。②保岡興治議員が広い意味の死因究明制度に関心が深かったこと。③元法務大臣で、弁護士であった等の理由からである。広い意味の死因究明制度に関心があり、弁護士でもあるので、説明すると厚労省案に欠陥があることを直ちに理解いただけた。

2013年(平成25年)9月21日、鹿児島で医療事故調査制度のシンポジウムを開催した。このとき、帰鹿中であった保岡興治議員が飛び入りで参加、厚労省案に欠陥があることを明言した。厚労省案が中途半端で欠陥があると言う点について我々と意見が一致したのである。このことは、シンポジウムに参加していた記者からインターネットニュースを介して全国に拡がっていった。

・医療法人協会・厚労省・保岡議員による三者会談と医療法改正への同意

同年11月6日、保岡興治議員の呼びかけで、厚労省、日本医療法人協会に保岡興治議員を加えて、非公式の対話の場を持つこととなった。日本医療法人協会は医療事故調査制度がセットになった医療法改正に絶対反対で頑張っていた。会談には、日本医療法人協会からは、日野頌三会長と筆者の2名が出席した。

議論は白熱した。厚労省側から新しい修正案が提示された上、あくまでも「再発防止」のための法案作りであり、「責任追及」には結びつけないとの発言を引き出した。厚労省が日本医療法人協会の考え方に、日本医療法人協会も厚労省の立場に理解を示し、あくまでも「再発防止」のみの仕組みであることを確認した。

これを受けて、現実的な協調関係の構築をめざし、医療法人協会は交渉のテーブルにつくことにしたのである。この対話により、11月8日の厚労省社会保障審議会医療部会において、日野頌三会長が以後の密なる連携を前提に、法案制定に一定の理解を示すこととなった。これにより、医療法改正へと進むこととなる。

翌、2014年(平成26年)3月8日には、鹿児島県病院厚生年金基金の主催で「医療を守る法律研究会講演会(*注)」を開催、医療安全推進室長が、医師法第21条について、「外表異状」との表現で、外表面説を追認、併せて、医療事故調査制度のセンター調査は、「管理者から医療事故として発生報告のあった事例のみが対象」である(センターは医療機関がスイッチを押さない限り動かない)と明示した。医療事故調査制度の根幹をなす重要部分の確約であった。医師法第21条の「外表異状」も医療事故調査制度も鹿児島で進化していったと言っても過言ではない。

*注:「医療を守る法律研究会」は、対厚労省理論武装のために鹿児島市に設立した研究会である。筆者、井上清成弁護士、染川周郎弁護士、山崎祥光医師・弁護士、染川真二弁護士、和田拓郎弁護士等で組織された。同メンバー及び「医療を守る法律研究会講演会情報交換会」参加者の多くが、「現場の医療を守る会」発起人となった。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『未来の医師を救う医療事故調査制度とは何か』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。