彼女は唇をモニュモニョと動かしながら、視線をあちらこちらに動かし、僕を見たいけど、見ることが出来なくて困っているみたいだった。

「わ、わた、私、ガラス工芸学科の『城間葉月』って言います。同じ一年生です」

「こんにちは」

胸の前で手までもモニュモニョし始めた彼女に僕は丁寧に頭を下げた。

「噂でききました。作品をアプリで売るって。私、ずっと上村君の作品が欲しかったんですけど、正直皆みたいに何かと交換するのに抵抗があって、でも言い値なら抵抗なく手に入ると思って、その、えーっと、どこのアプリで売るか教えてもらえませんか?」

こんな考えの人もいたのかと、僕は感動した。

「えっと、まだ決めてなくて……健ちゃん! さっきの転売されてたアプリってどれだっけ?」

感動もしていたけどそれ以上に動揺していた。彼女のウィスパーの声が耳の神経と心臓を直結したみたいで自分の鼓動ばかりが聞こえてきて、顔が熱かった。

「えっと、このアプリだけど、まだアカウントも作ってないし作品だってまだ出来てないから、すぐには買えないだろ」

「そうなの?」

これから自分がやろうとしていることなのに予備知識が全然なかった。

「そうだよ。でも、いいんじゃね? 言い値で買ってくれるって言うんだから作ってやれば。いい客じゃん」

「お客さん……」

呟いてみてもピンと来なかった。彼女は僕のお客さん?

「完全受注オーダーメイド。アプリで売ったら手数料も取られちまうし、だからここで現金払いの方がお互い気分いいんじゃねぇの? 送料もかかんないし」

健ちゃんの言うことは、いつも合理的で僕が答えに困ると必ず助け船を出してくれる。城間さんはなんだか勇気を振り絞って僕に話しかけに来てくれたみたいだし、ここは頼みを受けてもいいのかもしれない。

「えっと、作ります」

「本当? 嬉しい」

そう言って彼女は祈るように指を絡み合わせた。小さな手を顎に押し当てて、安堵の表情をうかべて、声と同じくらい柔らかな笑顔になった。食べていたサンドウィッチから味が消えていく。そのくせ唾が口の中に溢れ何度も飲みこんだ。

 

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『100点をとれない天才の恋』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。