こういう話が出ては、それに相応しいものを出さざるを得ない。秋に作り始めた酒が、ちょうど良い具合に発酵していた。丘の長は目を輝かせた。彼が酒に目がないのを、里の長も知っていた。ひょっとすると、そういう頃合いを見計らって来たのかもしれない。

丘の長は、いろりで炙った干し魚をかじり、杯に注がれた酒を、喉を鳴らして飲み干すと、そんな勘ぐりは心外だとでも言うように咳払いをして、話を続けた。

「それが今では、里者の家は二の百を超えておる。里の家には子が多いから、十の百は人数があるだろう」

里の長は少し意外に思った。丘者はあまり込み入った計算をしない、というのが里者たちの通念だったからだ。それと同時に、この話がいったいどこに向かっているのか、里の長は訝しんだ。

「実は、丘者の数も増えておるんじゃ」

丘の長は言った。

「七代も前がどうかはわからんが、わしらの村の一番外側に、三代より古い家はない」

それは初耳だった。自分の村が拡張を続けているのは良くわかっていたが、丘の村もそうだとは知らなかった。

だが考えてみれば、獲れる物と米との交換によって、丘者を養える食料が全体として増えたのだとしても不思議はない。里の長が驚き、次いで納得するのを見てとって、丘の長はにやっと笑った。その笑い顔を見て、里の長はふと、例の若者、アトウルに似ている、と思った。

思ったままに、「もしや、アトウルは長の?」と聞いてしまい、しまった、という顔をした。さすがに、立ち入ったことを聞いたからだ。

しかし、丘の長は、大笑いをして言った。

「いやあ、良くわからん。多分違うと思うが、わしらはそのあたりはなんというか、あまりうるさくないところがあるでの」

これには、キナも大笑いした。里の長も、詳しくは知らなかったが、丘者の祭りには、大いに開放的になるものがあるらしい。

「だが、連れ合いは、一人だけじゃ」

と言ったので、今度は三人で大笑いになった。隣の部屋からも忍び笑いが聞こえてくる。

里の長は、その特権で、二人の妻を娶っていたからだ。村には、他にも何人かそういう男が居たが、それは衆望のある者が希望し、長が許した場合だと考えられていた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『東方今昔奇譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。