二 日本文化と世界

1 お茶事の心

日本の文芸復興は、約六百五十年前の室町時代。中でも代表的な「茶道」「華道」「能楽」は共通した美意識を持っている。

日本で茶道が生まれたのは、室町末期のこと。当時、大名が、中国から渡ってきた貴重なお茶を、大切なお客様に差し上げるのに粗相があってはならないと、礼儀作法をわきまえた「茶頭(ちゃとう)」というお茶をいれる専門職を設けたのである。

ただお茶を飲むだけでは面白味がない。人は食事を共にしながら、会話を楽しみ、コミュニケーションをはかる。共通の話題は社会の円滑油になるのだ。茶道は約六百年間、深化しながら形式化し、「茶事」を行うようになる。

お茶事は会話を楽しむものとはいえ、主なものは「お濃茶」。その「お濃茶」は味わい深く、主人がその日のために用意した名器で、みんなで回し飲みをする。

私は、これにまつわる苦い経験がある。

二日酔いで食欲がなく、何も食べずにお茶席に入った時のことだ。それは薄茶の席であったが、「もう一服いかがですか」と言われ、「もう一服なら大丈夫だろう」といただいたら、脂汗が垂れてきて、脳貧血を起こしてしまったのだ。美味しいお茶でこんな目にあうとは思いもよらなかった。お茶に含まれるタンニンが原因で、不摂生でいためた私の胃に負担がかかった結果なのである。暫しの間、反省の日々を送ったのはいうまでもない。

お茶事の一つに「夜話(よばなし)」がある。

夜、日が落ちてからのお茶事で、最初に「向付け」が出て、次に「煮物」「焼物」と続き、「箸洗い」。

これで気分を一新し、次の「八寸」で主人と客が、悠久のひとときをもてたことを喜びあい、再び杯を交わす。お茶とお菓子の前に、少しおなかに入れておこうというもので、いわゆる「懐石」である。

「懐石」の素材は、主人が客をもてなすために、ほうぼう走り回って集めてくる。「ご馳走」の語源とはこのことだ。

お茶事とは、単にお茶を飲むだけではない。どうすればお互いに楽しめ、どのように喜びを分かち合えるか。お客に心から接する工夫を凝らすことはいうまでもない。

室町時代から継承され、人の心を大切にする文化や伝統は、今もっとも尊重されなければならないことだと思う。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。