引き延ばされた人生100年時代

「『持ちのいい人か』、まったくね!」ビルボはそういって、ふんと笑いました。「そう、何というか、薄っぺらになったという感じ、わかるでしょう。『引っ張って引き伸ばされた』っていう感じなんですよ。……こいつはとてもまともなこっちゃない。わたしには、変化というか、何かが必要なんです。」(『指輪物語旅の仲間上』69ページ)

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「ロード・オブ・ザ・リング」のタイトルで映画化もされたJ・R・R・トールキンによる小説「指輪物語」の主人公の父親、ビルボ・バギンズが111歳の誕生日を迎えた場面でのセリフです。ビルボは、指輪の魔力の影響で知らぬ間に老化が遅くなり『持ちのいい人』となった自分を振り返り、旅に出ることを決意します。

寿命が延びるというのは、私たちにとってどのような意味を持つのでしょうか。冒頭に挙げたビルボ・バギンズによれば、引き伸ばされた分、薄くなったということになります。

人生100年時代という、人類史上初めての状況に直面している私たちの人生は「引き伸ばされている」ことを認めるところから始める必要があると私は考えます。平均寿命が延びるに従い、「大人」として成熟するまでの期間もますます長くなっています。

20歳イコール成人という決めごととは別に、養われる側から養う側に替わる時点を実質的な「成人」と考えると、現在の平均的な「成人」年齢は30歳近くになるのではないでしょうか。

長寿TV番組としてなじみの深い「サザエさん」に登場する磯野波平は54歳という設定なのだそうです。

今日の現実の54歳男性とは仕事、生活、家庭環境が大きく違うのに、ほとんどの人がそのことに気を留めません。60年前の54歳の当たり前の姿を、現在に当てはめると何歳ぐらいでしょうか。私は74歳と言われても納得できます。

引き伸ばされた人生に対応して企業は定年延長制度を導入しましたが、そこに勤務するサラリーマンの多くは、50代後半の役職定年制度を見据えて50歳台になるとみるみるモティベーションが下がっていく状況にあります。

確かに人生は、引き伸ばされただけではなく、薄くもなっているようです。