吉良邸討入り

本所の吉良邸は二千五百五十坪の広大な敷地の中に三百八十八坪の屋敷が建ち、南北約三十四間(六十二メートル)、東西約七十四間(百三十四メートル)と地形は東西に長い長方形で、東側に表門、西側に裏門が配され、東西南側の三方は道に面し門以外の塀の部分は武者らが生活する長屋となっており、北側は越前福井家家老本多孫太郎家と旗本土屋主税家の二家に隣接している。

四十七人は古来の兵法に則り「暁の奇襲」に最良とされる寅の一天(午前三時過ぎ)に前原宅を出て、直ぐさま大石内蔵助を筆頭に二十三名が吉良邸表門に、大石主税率いる二十四名が裏門へと二手に分かれて屋敷の門前に配された。

表門隊は表門脇の長屋に二筋の梯子をかけ、先頭の大高源五に続いて間十次郎、吉田澤右衛門、岡島八十右衛門が屋根を乗り越えると、残りの全員も長屋の屋根を乗り越えて吉良邸に入っている。この時、原惣右衛門が屋根から落ちて足をくじき、神崎与五郎も屋根から滑り落ち右腕を骨折している。表門組の全員が敷地内に入るや直ぐさま文箱に入れた「浅野内匠家来口上」を青竹に結びつけ内玄関前に立て掛けた。

片岡源五右衛門、間十次郎、小野寺幸右衛門が旧浅野家家臣参上の名乗りを上げるも反応がなかったため、山鹿流兵法の一向二裏である三人一組になって屋敷に斬り込んでいった。小野寺幸右衛門は屋敷へ入るなり、並べてあった弓の弦を駆け抜けて切り払っている。

大石主税率いる裏門隊は、火事だと叫びながら杉野十平次と三村次郎左衛門が掛け矢(木杭を打ち込む時などに使う道具)で裏門を叩き壊し、横川勘平が真っ先に敷地内に突入すると、続けて裏門隊全員が敷地内へと押し込んだ。この時、杉野らが使った掛け矢の音が「どん、どん、どん」と響き、これが太鼓を叩く音に似ていたのか、総大将大石が討入りを報せる山鹿流陣太鼓を打ち鳴らすシーンへと繋がっていくのだが、実際は深夜の討入りに街中に響き渡る陣太鼓などを鳴らすはずもなく、赤穂浪士等の討入りに持参した武器道具の明細の中にも陣太鼓は見られない。

有明の満月の下、四十七士全員が吉良邸内に押し込むと、敷地内では同志の人数をさば読み、「五十人組は右へ」「百人組は左へ」などと叫び亡主の仇敵吉良を目指すが、広大な屋敷の中から吉良を見つけ出すことは容易ではない。敷地内では戦闘が繰りひろげられるなか、茅野和助らが吉良の寝所と思われる部屋に辿り着くが、吉良はすでにその場を立ち去っており見当たらない。この時、茅野が吉良の寝所に硯箱を見付け、「浅野内匠頭家来大石内蔵助を始め若者共四十七人 此所迄押込候所 上野介殿此処に不被成御座」と書き付けている。

吉良を発見出来ず時間だけが過ぎて行き、一同が落胆しかけているところへ檄を飛ばしたのが副頭領の吉田忠左衛門であった。同志らは気を取り直して再度探索にかかる。

吉田忠左衛門と間十次郎が勝手口辺りまで来ると、炭部屋らしき納戸の中から何やら囁き声が聞えてきたので、「方々、お出合い召され、この内に人声がいたします」と呼ばわり、近くにいた同志らがどっと集まりきて戸を蹴破ると中から皿、茶碗、炭などが投げつけられてきた。すると突然中から三人の武士が斬り掛かってきたのでその場で斬り伏せたが、奥にまだ人の気配がしたため奥に潜む最後の一人を間十次郎が槍で突き立て武林唯七が一刀にて斬り伏せた。

小屋の前の広場まで引きずり出して見ると、惣髪に白小袖をつけた六十歳前後の老人である。すでに息絶えていたが、この人物こそ目指していた吉良上野介ではないかと思われ、証拠となる額の傷を確認するも浅かったのか特定できなかったが、肩先には歴然とした刀痕が認められたので、一番槍の間十次郎に首を揚げさせた。それと同時に大石ら同志に合図の小笛を吹き繋ぐと一同が広場に集まってきた。

討ち入った直後に捕らえておいた足軽に首実検をさせ、上野介であることを確認すると、大石は数人の者に屋敷内を見廻らせ火の用心をし、原惣右衛門、小野寺十内、片岡源五右衛門の三人に隣家の土屋家に対して塀越しに挨拶をさせ、堀部安兵衛によって点呼が取られた。同志の四十七人は一人も欠落者が無く、数人に負傷者が見られるだけであった。一方の吉良方は死者十六人、負傷者は当主の吉良左兵衛を含め二十一人であった。

早朝六時過ぎに、吉良の首級を白小袖に包み槍の先に括り付け潮田又之丞が担ぎ四十七人全員が吉良邸裏門から引揚げると、一旦両国橋東詰めで上杉方の参戦などを想定し隊列を調えたが上杉方は現れなかった。この日は御礼日のため大名や旗本の登城日にあたっていたことから、城下で登城途中の大名や旗本一行との無用な遭遇を極力回避するため、四十七士一行は敢えて両国橋を渡らず、隅田川の支流竪川に架かる一つ目橋を渡り高輪泉岳寺を目指す。途中の新大橋では駕籠八丁を雇い負傷した原惣右衛門などを乗せている。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『忠臣蔵の起源』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。