同様にして残る他方の上腕もはずす。それぞれ2人ずつペアになり、上腕の解剖を進める。両腕を失って、奇妙に痩せた、肩関節のあらわになったライヘを綿布で被い、十分にカルボール液をジョウロでまいて、しばしのお別れをする。

切り離した上肢は、体幹に比較して脂肪層は薄い。それらの皮下組織を取り除いて、前腕筋膜という筋膜を剖出し、さらにその筋膜を剝いで、筋肉を剖出してゆく。前腕は橈骨(とうこつ)、尺骨(しゃっこつ)と2本の骨が並んでいるが、尺側手根屈筋、長掌筋(ちょうしょうきん)、橈側手根屈筋、円回内筋、浅指屈筋で囲まれている。このうち長掌筋を持たない人も5から15%の頻度でいるという。

実際、この筋肉は手首を曲げる働きを持つが、他の筋肉で十分代行されるという。遠い昔に、先祖がどちらかに分かれたのだろう。

上腕二頭筋の腱膜の下方に上腕動脈を確認する。自分たちの担当するライヘでは、直径5㎜ほどの硬い管として筋群の中に埋もれている。その動脈が末梢に向かい、2本に分岐する。3本でも5本でも無く、橈骨動脈と尺骨動脈の2本に決まっているらしい。その他正中神経、尺骨神経、などを確認する。

前腕で前腕筋膜を露出し、その手首近くで屈筋支帯retinaculum flexorumと呼ばれる特殊な構造になっている事を知る。後でもっと詳しく学ぶが、前腕から手掌(しゅしょう)を結ぶ屈筋群の腱を手首の所で押さえて束ねる役目をする。

手首をまげて、屈筋群を弛ませ、浅指屈筋、深指屈筋を観察する。尺側手根屈筋は尺骨神経、腕橈骨筋は橈骨神経が支配する以外、屈筋群のほとんどは正中神経が支配する事を確認する。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『正統解剖』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。