無論、正の部分、光の当たる明るい部分も同時に描き出すことになるだろうし、それによって教師という仕事の素晴らしさが伝わると幸いである。そもそも教育現場は光に満ち溢れているわけで、数値では表せない教育の成果や、それこそ何年か後になって初めてわかる教育の効果、そして、かけがえのない出会いの尊さを感じ取っていただきたい。

思春期にある生徒の引き起こす様々な問題に苦労も絶えないが、そこでこそ教師として脚光を浴びるべき、やりがいを見いだせるのではないだろうか。時間系列に沿って章立てをすることにした。40年余りの時の流れ、その時々の文化の違い、私自身のリフレクションが後の教育実践にどう影響し、また、効果を上げられたのか、などを感じ取られることを願ってのことである。赴任した学校名はイニシャルで記すことにする。

それは、かつて論文を書く際、事例を外部に公表するのであれば、10年以上経ってから、と言われたことがあるからである。現任校にも言及しているが、それはまさに今こそ発信しなければならないと本書を書くモチベーションになった事例であるのでお許し願いたい。

生徒や保護者、並びに、教員を始めとする教育関係者の人権に十分に配慮するよう肝に銘じて筆を進めることにする。息苦しい事例ばかりが並ぶ恐れもあるため、評判の良かった『学級通信』の記事を章の合間に「ホッと一息」と称して掲載しようと思う。

果たして、息抜きになるといいのであるが……。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『教育現場の光と闇~学校も所詮〔白い巨塔〕~』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。