東芝3億円強奪事件のその後

しかし、バスの車中で三上と板橋は並んで席に座ることはなかった。並んで座らない理由があった。三上は結婚していたが、板橋は50歳過ぎても独身であったからだ。

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板橋はB大学の福祉課程に通っている谷口泰子や岩下奈保美に心を寄せていた。二人とも丸顔の美人だった。小太りの女性だ。谷口泰子は未亡人であり、ビール好き。岩下はユーモラスで話し好きの女性であった。けれども、二人とも板橋へついて行こうということにはならなかった。

大学を卒業して3、4年過ぎたある日のことである。板橋から三上に「私のお寺に遊びに来て下さい」と誘いがあった。それまでに板橋の寺を訪ねたことは2、3回ある。3回目の日だったか、寺に行くと、前の新井住職は脳梗塞で亡くなったとのことであった。

住職の一人娘は、子どもに恵まれなかった。住職はそのことが寂しいと言っていたとのことだ。住職の逝去について語った後で、板橋は「寺を増改築したい」と言葉を足した。板橋の寺に行った三上は驚嘆した。一目でわかるほどカネをかけた増改築であったのだ。

茶室があり、庵があり、炊事場があり、テレビをはじめ高級な電化製品が揃えられていた。車は旧型コロナから、外車の高級ベンツとトヨタ・クラウンとダイハツの高級軽自動車の3台になっていた。板橋から聞くところによると、用事、会う人によって車を使い分けているのだそうである。

三上は、それにしても板橋が、なぜこんなに変われたものかと不思議に感じた。不審感を抱いた。その時、ふと、板橋が東芝の府中工場で働いていたと話していたことを思い出した。同時に、板橋の故郷が九州の五島列島であること、その島には板橋の姉が住んでいたことも……。