「今はもうお父さんのこと恨んではいないの?」

「ああ、もう恨んでへん……。お前にもお父さんがいない分寂しい思いをさせてしまったね。ずーっと謝らなければいかんと思ってたんよ。済まなかったね。母さんを許してくれるかい?」

そう言って智子は点滴針の刺さった細い腕を伸ばして美紀の手を求めた。痩せた母の手を握った美紀に不意の涙が溢れた。母の眼差しは父を語る昔のような棘はなく柔らかだった。母は長い年月を掛けて自分を裏切った男への恨みを見事に昇華していたのだった。

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。