母さんもまだ若かったからね。こんな腐ったような男に今後は金輪際頼るものかと思った。もう一緒に笑うことなど絶対にできへん。他の女を弄り回した汚い手で触れられるのも堪らなく嫌やと思った。お前を連れて別れようとも。そう腹を括れば遠慮はいらなくなった。

親戚を味方につけてお前の父さんの遣ることなすことすべてにケチをつけ、ろくに口も利かないようにした。逆上せていたんやろね、母さんにはその先のことがキチンと見えてなかった。そのうちお前の父さんは漁に出なくなり、家で塞ぎ込むようになった。いい気味やと思ったよ。そんな矢先だった、海に飛び込んだのは……。そのときも、やっぱりこいつは本当に身勝手な男やとしか思わんかった。こんな奴、死んでも当然。腹は立ったが悲しいとは思わんかった。

葬式を行う頃は、怒りが先に立ち夜叉のような顔になっていたのかもしれんな。そんな顔をお前に見られたんやろうね。そやけど、そのあと、噂が立った。あの女は亭主を死ぬまで責め立てた女や、まだ小さい子もいるというが父無し子になったその子も可愛そうやとね。

そんな噂を立てた世間にも腹が立った。薄情な父親などいなくても娘一人ぐらいこの手で立派に育てて見せると思った。勤めに出ることも考えたが、お前がいつ帰って来てもいいように家でできる商売を考えた。それが喫茶店とスナックの漁火やった。そんなことは思ったけど自分のしたことを顧みることはようせんかった……。

そやけど、時が経つに連れて世間の言う通りかもしれんと思うようになった。父さんの命を縮めてしまったのは自分や。亭主の浮気一つ許せん懐の狭い女やと……。漁火の経営が順調になってきた頃やったかなそんなふうに思い始めたのは。

それまでは生活を立て直すちゅうか安定させるのがやっとやったから。母さんはね、父さんへの怒りや恨みをバネに頑張った。世間への怒りもあったかもしれん。細やかながらもやっと経済的に余裕ができて人の心が戻って来たんやろね。ああ、それと漁火でいろんな男を見てきて、男なんてのは仕様もない生き物やと思うようになったこともあるのかもしれんな。そうやったか、母さん、あのときそんなに怖い顔していたかい……」