「フィギュアスケートはお金がかかるスポーツと聞いてます。私は公務員で妻もパート働きで、フィギュアスケートを続けていける資金がないです」

「もちろんお金はかかります。でも当面は最小資金で続けられます。一流になって海外遠征などが増えると確かにお金はかかりますが、最近はスポンサーもつくようになってきていますので、負担は以前よりは少なくなっています」

と必死な剛。

「翼はどうなの?」と訊く三枝子。

「私はもっとスケートをしたい。もっと難しいジャンプを跳びたい。コーチしてもらいたい」とまっすぐに三枝子を見る翼。

「やる限りは中途半端にはやれないわよ。スケートをするから勉強はしないでは困るしね」

「勉強も頑張る!」

「それならあなた、四ノ宮さんにコーチをお願いしてもいいわよね」

「……」

予想していない展開に戸惑う勝。三枝子は四ノ宮に向かって

「翼をよろしくお願いします」

と頭を下げた。

その言葉を聞いて「やった」と三枝子に抱きつく翼。勝は三枝子に無理やり誘導された感じだが、あんな真剣な翼を見たことがないからやらせてみるかと思っている。

「四ノ宮さん、翼のどこに才能があるのか訊いてもいいですか?」と訊く三枝子。

「はい、翼さんはまず習ってもいないのに難しいダブルアクセルというジャンプを綺麗に跳んでいます。これは習っていてもなかなかできないジャンプです。それと音楽に合わせるセンスを持っています。これもフィギュアスケーターに大切な要素です」

「そうなんですね。ジャンプが得意なのは知ってました」

「この一年、見ていてください。素晴らしい選手に必ずなりますから」

勝と三枝子は「よろしくお願いします」と頭を下げる。

横にいる翼の目は輝いている。興奮気味に帰宅する剛。何かを思いついたような顔になり、五十嵐に電話をする。

「五十嵐に頼みたいことがある」

「改まってなんだよ」

「以前、私に対してスポンサーになりたいと言っている会社があると言ってたよな。そこを紹介してくれ」

「おい、どうしたんだ。あれだけ嫌がってたじゃないか」

「今度、ある女の子のコーチをすることにしたんだ」

「もうコーチはやらないって言ってた剛がコーチやるのか? どんな子だ」

「誰かに教わったこともない一般の子だよ。無料でコーチを引き受けることにした」

「そういうことか。1人だけのコーチ。たいした惚れ様だな。わかった。すぐ連絡してみるよ」

「ありがとう」と言って携帯電話に向かって何度もお辞儀をしている剛。

翼の部屋は2階の六畳に弟の涼介と一緒だ。その部屋からベランダに出る翼。そこに望遠鏡がある。その望遠鏡で星を見てつぶやく翼。

「スケートを思いっきりやれるなんて本当に嬉しい。お星さま見ていてください。私頑張ります!」

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『氷彗星のカルテット』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。