謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
ここがチャンスだと判断して私はキッとなって言った。
『戯言ではないぞフェラーラさん。それは事実だよ。実は今回、ヴォーンさんの力を借りたいと思っているんだ。そうすればあんたの未来は洋々だし、私も助かる』
『ロイドの会長? しかし? なぜ私のためにそこまで? そうか、何か……見返りを?』
『察しが良いね。いや、私だって困っているんだ。あんたが売れる画家にならなければな。でも……たいしたことではない。簡単なことさ。実はエドワード・ヴォーンだが、人も羨むような大権力者。だが家庭的には恵まれなくてね、かわいそうな境遇なのさ』
『家庭的に恵まれない? それはどういうことだ?』
『まあ黙って続きを聞きたまえ。彼には子供が一人もいないのだ。どうも奥さんは子供ができない身体らしい。それで、どうあっても子供が欲しいのだ。それも女の子だそうだ』
『えっ……子供って? 家の……娘? あの子たちをか? と、とんでもない。コジモさん、冗談はよしてくださいよ。気でも違ったのではありませんか?』
『ピエトロ! 気をつけて口を聞きたまえ。私にそんなことが言えるようなご身分か!』
『…………』
『なあピエトロ。よく考えてみろ、このままだとフェラーラは永久に世に出ない。それどころか野垂れ死にだ。なあ、子供は二人もいるではないか。相手はロイドだぞ。これでお前の評価と名声はもう決まったも同然。別にこの世から抹殺されるわけではないんだ。娘も将来はロイドの跡取り。こんな素晴らしい話こそ二度とないくらいだ』
『嫌だ、嫌だ、嫌だ。他のことならいざ知らず、それだけはできない!』
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商